重文級、岩倉具視の暗号表発見…西南戦争で使用

『明治新政府の中枢で活躍した岩倉具視(ともみ)(1825~83)が西
 南戦争で使用した円盤状の暗号表や、徳川15代将軍・慶喜が新政府軍
 に江戸攻撃中止を求めた直筆の哀訴状など重要文化財級の史料が、京都
 市内で見つかった。

 江戸時代後期の本草(ほんぞう)学者・山本亡羊(ぼうよう)(1778~
 1859)の主宰した塾「山本読書室」跡(京都市下京区)の土蔵を松
 田清・京都外国語大教授(日本洋学史)が調査し、数万点の史料を確認
 、目録にまとめた。

 同塾は本草学(博物学)の一大拠点として1811~1903年に開設
 。全国から集まった門人が医学や儒学などを学んだ』

『暗号表は、「イ」「ロ」「ハ」などのカタカナを書いた大小2枚(直径
 12センチと10センチ)の紙製の円盤を重ねたもので、小さい円盤の
 文字を大きい円盤の文字に変換する仕組み。暗号が見破られないよう文
 字変換のパターンは5通りある。

 この暗号表を使って岩倉が大久保利通らと交わしたとみられる秘密通信
 文61通も残されていた。1877年の西南戦争の際に宮崎県で情報収
 集した新政府が、反乱士族について「(士族の一部は)ハンシン(反乱
 の気持ち)アレドモ動カズ」と発信した電報もある』



維新の元勲
 岩倉具視。。
  中級貴族出身


岩倉が、もう少し長生き
 しておれば間違いなく
  初代首相になっていた


公家とは思えぬ
 政治勘を備えた人物
  としても知られている


それにしても。。特に
 暗号の組み合わせ
  による秘密通信文
   の存在に注目した


黒船襲来時、慌てふためき
 平和ボケ極まった時代
  から間もない明治新政府
   

武士道が廃れた時代でも
 このようなスパイ防止
  の工夫が凝らされていた


国内他勢力だけでなく
 やはり欧米列強の諜報
  を意識していたのでは
   ないのだろうか、と思えば


現代社会の無防備さを
 恥ずべきだといえよう

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