西洋に深い影響を与えた、日本人リーダー

『これまで「和魂漢才」と「和魂洋才」で生きてきた日本人。グローバル化が急
 速に進む中 で、日本人はあらためて「日本文明とは何か」「日本人とは何か」
 を問われている。これからの時代を生き抜くために、日本人に求められる教養
 とは何か――。 宗教学者の山折哲雄氏が、有識者との対談を通して、日本人の
 教養を探る。
 第2回目は、宗教学者で東京工業大学教授の上田紀行氏をを迎えて、教養と宗教
 の関係について語る』


『■ 日本は明治維新で複線化をやめ、昭和20年以降に単線化
 
 山折:日本社会が単線化している一方、タイの社会は複線であるとの指摘は、そ
 のとおり。タイの場合、基本的には仏教文明なんですよ。仏教文明というのは
 、仏教が近代的な文明の中にも入り込み、生活様式の中に入っている。

 ところが、同じように仏教の影響を強力に受けながら、日本は仏教文明では
 ない。日本は徹底した世俗文明です。その違いですよね。

 しかし、昭和20年までは日本もたぶん複線構造だった。それを私は「二重構造
 」と表現してきました。「和魂漢才」は二重構造です。和魂が生活の基軸を成
 していたにもかかわらず、日本はさっさと仏教文明であることをやめた。いつ
 やめたかというと、明治維新のときです。

 そこで単線化が始まるのですが、ベースのところには残し続けた。それは福沢
 諭吉しかり、松下幸之助しかり、起業家で成功した人はみんな残している。
 ただ、限りなく単線化に近い形で残していった。完全に単線化したのは、やっ
 ぱり昭和20年以降だろうな』



宗教といえば。。
 現代日本では極めて曖昧
  ややこしい。。胡散臭い


それは、昭和20年・・1945年
 が起源となっているのではないか


敗戦。。焼土、焦土
 何に嫌気が差したのか
  近代日本における
   安っぽい神に対して


国家神道。。これで
 日本の神仏に対する基準が
  完全に無くなってしまった


人間が神になれる
 そんな国になって
  しまったところへ
   敗戦・占領で宗教に嫌気


国家神道は新宗教勃興の
 土台を築き。。戦争を挟み
  新宗教が日本列島に数多く出現





『上田:実はジャヤワルダナはこのときにもう一度、日本の代表的なお坊さんたち
 と会って話をしたいと言って、その会合が持たれました。

 ところが、そこに集められた各宗派のトップのお坊さんたちがどうしようもな
 かった。ジャヤワルダナが仏教的な話をしても全然答えないし、宗教性のかけ
 らもなくて、それはそれはひどい会合だったという話です。終戦後の緊張感も
 失われ、仏教で衆生の苦しみを、世界の苦しみを救っていこうという、熱き宗
 教心もなく、自分たちは宗派のトップに上り詰めた高僧で、日本はどんどん豊
 かになり、何も問題ないじゃないかという、人間として緩みきった姿しかそこ
 にはなかった』

『ということは、やっぱり昭和20年にはまだ複線があった。けれども、坊さん自
 らカネが儲かればいい、檀家さんからカネが入ってくればいい、そして自分の
 地位が上がっていけばいいというふうになってしまった。まあ、そうでないま
 ともな坊さんもたくさんいますが、宗派のトップに上がっていくような坊さ
 んは、意外とそういう俗物タイプだったりもするので、日本人はそれを見てま
 すます信仰心をなくしていった。宗教が世俗化して、カネがほしいからやって
 いるんでしょう?  戒名をつけたり、いろいろして儲かるからやっているんで
 しょう? と。

 少なくとも都会においては複線の1本が崩壊して、単線化しました』




仏教など。。
 日本人には浸透していない

  葬式仏教。。正にその通り
   日本人は墓参り教信者に過ぎない
 





『結局のところ、日本人の中で尊敬される人間はいるのかということになります
 。たとえば、鈴木大拙に会ったら、その人間の大きさに感動する。年収だとか
 業績だとか数字に仮託しないでも、「うわっ、これはすごい人間に出会ってし
 まった! 」みたいな人物が日本にいるのかどうなのか。

 山折:戦後は経団連の会長なんていうのは日本の顔でしたね。しかし、今の経団
 連の会長は日本の顔なんかにならない(笑)。そういうのがどの分野でもずっと
 続いていますよ。日本を代表する顔がいない。政治家でいるかというと、小泉
 さんぐらいかな。中曽根、小泉あたりでもう終わっている。学問の世界、教養
 の世界に日本を代表する顔がいるかというと、いないねえ、やっぱり。

 上田:そうなんですよ。この前、「有名な坊さんっていったい誰なんだ」と仲間
 内で話をしていたのですが、いちばん有名なのは瀬戸内寂聴さん。2番目が玄侑
 宗久さんではないかと。3番目になると、もう誰も名前すら思いつかなくて、誰
 かが「織田無道」って言ったんです(笑)。織田無道、ご存じですか? 

 山折:知らない。』





島田裕巳なんていうのが
 宗教学者などという称号
  あれは、新宗教しか語ってない

つまり、戦後日本で
 宗教=新宗教であり
  人間ごときが神になれる
   安っぽい社会の出現


神とは、本来絶対的な存在
 人間などはその前では実に
  小さ過ぎる存在なはずだが。。


だから、米国大統領でも
 教会に行き、礼拝。。祈る


政教分離といわれるが
 神の概念・宗教、道徳が
  政治の土台にくるのが当たり前


しかし、宗教。。神の概念=道徳が
 グラグラ、ズルズル、ズブズブ
  の日本では、政教分離を選択する
   以外に。。他に道は無いかのごとく


文化大革命以降の中国と
 現代日本。。実に良く似た存在だ
関連記事
スポンサーサイト
TrackBackURL
→http://y366158.blog.fc2.com/tb.php/432-0be87188