<青銅鏡>古墳で拾った小学生の宝物、国内最古級の重文

『神戸市灘区の国指定史跡「西求女塚(にしもとめづか)古墳」の公園で小学生が4年前に拾い、宝物として保管していた金属片が、1986年に同古墳から出土した青銅鏡(1世紀後半)の一部と分かった。8日発表した市教委によると、青銅鏡は古墳で見つかった中では国内最古級で国の重要文化財に指定されている。小学生は金属片を寄付し、市から感謝状を受け取った』




少年が拾ったもの
 銅鏡の破片、しかも重文
  重要文化財か。。まぁ。。
   そういうこともあろう

と二日間ほど、このニュースを
 放置していて。。今朝調べて
  腰を抜かした(笑)


兵庫県神戸市灘区
西求女塚古墳
全長98mを超える
 大型の前方後【方】墳
3世紀後半築造推定





『その後、社会科で習った青銅鏡に似ていると思い、今年5月に学校に持参。市
 教委文化財課で分析した結果、同古墳から出土した青銅鏡「浮彫式獣帯鏡」
 (推定直径約19.5センチ)の一部と判明した。

 この日、市役所で記者会見した佐野君は「謎のかけらが2000年前のものと
 分かり、皆に見てもらえて本当にうれしい。考古学にも興味が出てきた」と話
 した。

 同古墳は3世紀後半の前方後方墳で国内最古級。計12枚の青銅鏡が見つかり
 、05年に一括して重要文化財に指定された』




青銅鏡といえば
 日本国内では、三角縁神獣鏡
  が有名で。。となれば邪馬台国


しかし、これも大いに眉唾の話
 三角縁神獣鏡は、中国で作られたとか
  日本で作られたとか。。
また、4世紀以降に作られたから
 邪馬台国とは無関係だとか
  古墳時代が4世紀から3世紀に
   繰り上げられたから。。
それを根拠のひとつとして
 邪馬台国九州説と畿内説が
  激論100年。。いや、それ以上


ただ、三角縁神獣鏡は
 古墳時代初期大型古墳から
  日本列島津々浦々相当程度
   見つかっており(この古墳からも)
    
邪馬台国は、東北から九州まで(笑)


それに邪馬台国卑弥呼が
 中国から下賜されたのは銅鏡
  (翻訳が正しければ・・・)
  三角縁神獣鏡とは限らない


しかし、今回見つかった
 浮彫式獣帯鏡
 1世紀ごろに中国で製造されて
  伝来し、3世紀後半に副葬された
   とみられる。。とするならば!!

この銅鏡発見の方が
遥かにビッグニュース


更には、3世紀後半築造の
 前方後方墳とすれば
  ヤマト勃興と同時期か
   それ以前の古墳となる

しかも前方後方墳は
 ヤマト王権の直接の支配下に入らず、
  周辺部で独自の勢力を有していた
   有力な豪族の古墳に多いとされ

特に東日本の前期古墳に多く存在。
 また、中国・四国地方にも多く存在、
  中でも出雲地方の前方後方墳は
   古墳時代を通じて築かれていた

つまり、吉備・出雲・東海
 四国、畿内。。ヤマトを御輿
  のように担ぎ、勃興させた
   諸国に多い古墳の特徴である


この西求女塚古墳
石室の石材は、地元のものだけでなく、
阿波(徳島県)や紀伊(和歌山県)など
からも運ばれており、地元の土器は出土
しておらず、祭祀に用いられた土師器に
は山陰系の特徴をもつものが出土している
ことから、
山陰や四国・南近畿などの諸地域と
深い交流をもっていたことが推察され、
瀬戸内海や大阪湾など水上交通に
影響をもつ
首長の墳墓と考えられる


ヤマト傘下にはなかった
 独立王国の王の墓だった


王に呼ばれた少年といえる。。 




前方後方墳
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