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憲法草案スクープ 西山氏、内幕を初めて明らかに


51年目の心境について西山氏は毎日新聞のインタビューに応じ、「国民と天皇を一体にした象徴天皇制が戦後日本の骨格であり、これは幣原(喜重郎)さんがつくった。大変な人物だった。吉田(茂)さんばかりもてはやされるが、幣原さんという人がいたことを、若い人に伝えたい」などと語った。


憲法制定のナゾに迫る…発掘された元外交官の証言録


自衛隊の前身である警察予備隊が、GHQのマッカーサー元帥の命により急きょ設置されたのは、憲法公布から3年9か月を経た1950年8月だった。ところがGHQは、これに先立つ46年、それも憲法が公布される前の時点で、日本の自衛力の保持をすでに認めようとしていたのではないか――そんなことをうかがわせるくだりも、藤崎証言にはある。

第9条

〈1〉日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

〈2〉前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 2項の冒頭にある「前項の目的を達するため」の文言は46年7月29日、帝国憲法改正小委員会の芦田均委員長(後に首相)が、憲法をめぐる審議を行っていた帝国議会で主張して加えられたものだ。

この追記は、後年物議を醸すことになる。読みようによっては、「1項は国際紛争解決手段としての戦争、つまり侵略戦争を否定したもので、自衛のための戦争は許容する趣旨だ。従って戦力保持に関しても、1項が許容する自衛権のためならば、認められる」とも解釈できるからだ。いわゆる「芦田修正論」問題である。

 議論の火種を抱える修正については、厳密な戦力不保持を求める側から「待った」がかかってもおかしくない。ところが、GHQはこの加筆をあっさりと認めたというのだ。


極東委員会

太平洋戦争に敗北した日本を連合国が占領管理するために設けられた最高政策決定機関。強大な権限を有した連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)もその決定には従うものとされた。


極東委員会は1945年(昭和20年)9月に設置されたが、12月のソビエト連邦・アメリカ合衆国・イギリスのモスクワ三国外相会議において、英・米・ソと中華民国、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、フランス、フィリピン、インドの11カ国代表で構成されることが決定した。第1回会合が1946年2月26日にアメリカのワシントンD.C.で開かれた。


憲法:制定時の折衝の様子「当時語れなかった」資料発見


【大スクープ!<昭和天皇の権力>を封印したい連中が。。《日本国内に存在した》!】≪「衝撃の発見!」・・・日本国憲法は押し付けられたものではなかった≫


≪天皇制。。昭和・今上両天皇及び皇后両陛下への支持。。日本国民は全く変わっていない≫<安倍晋三国会議員政権を筆頭に>【保守などと、自らを偽る自民党政権が天皇・皇室を利用・軽視するから許せんのだよ】


戦争は大元帥昭和天皇の権力を
 利用した大日本帝国陸軍が主体と
  なり引き起こされた、と考えている


昭和天皇を以ってしても
 陸軍を止められなかった、ということだ


憲法制定時に、極東委員会・GHQを
 相手に交渉した勢力即ち日本政府勢

これは大日本帝国。。大政翼賛会
 翼賛政治連盟。。即ち自民党の前身
  これを盾にした戦前日本残党だろうが


まだ、象徴天皇を盾にして
 自分達で日本国を操縦したい欲望
  コントロールする自信めいたものが・・・。


それが崩れ去ったのが昭和末期の日本だ


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