fc2ブログ
「卑弥呼の墓では」巨大な前方後円墳?謎の丘陵 日本最大に迫る全長450メートル 福岡県赤村


「豊の国古代史研究会」の調査では、後円部に当たる部分は直径約150メートル。魏志倭人伝にある邪馬台国女王卑弥呼の墓の直径「径百余歩」とほぼ一致するという。


後円部が女王卑弥呼墓
 の「百余歩」に一致する
って。。

こじつけか!

小生畿内説には反対!!
 箸墓古墳を卑弥呼墓に
  という点で絶対反対だった


九州説派も畿内説派みたい
 になってきたな、悪い意味で




箸墓古墳


被葬者
宮内庁によって第7代孝霊天皇の皇女、倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓として管理されているが、この古墳を卑弥呼の墓とする研究者もいる。その根拠としては、

この古墳の後円部の直径が『魏志倭人伝』にある卑弥呼の円墳の直径「百余歩」にほぼ一致すること
後円部にある段構造が前方部で消失することから、当初は円墳であり前方部が後世に付け加えられた可能性があること
大規模な古墳の中では、全国でももっとも早い時期に築造されたものであること



しかし、卑弥呼はそんなに
 大物などではないと考える




≪箸墓古墳は、卑弥呼の墓ではない!と推理する≫【ヤマト王権擁立の第一人者<吉備の大王墓>だ!!】



≪邪馬台国畿内説学派が唱える。。箸墓古墳=卑弥呼墓説は、益々遠のいた≫<古代史には。。現代日本政治よりも、遥かに複雑・重厚な壁>【卑弥呼墓は。。今言われる古墳では、どれもデカ過ぎる!】


デカくなればなるほど
 卑弥呼墓から遠のくと言って良い

長里と短里、1歩=1.4mは長里であり
 短里とするならば。。0.3m程度なのだ

と、すれば!!卑弥呼墓は
 30m程度の円墳だったと考え直すべき!!


卑弥呼墓。。百余歩・・150m未満
 シャーマン的存在の30余国。。このクニ
  は村落といって言い訳で、日本の王
   とは考え難く。。卑弥呼では絶対無理


初代倭王(天皇)でもそれは困難で
 もっと、大物だったと考えた方が良い


間違い無い!初代倭王を生み出した
 超古代版治天の君。。ホントの倭王
  吉備の大王と考えた方が自然である


関連記事
スポンサーサイト



TrackBackURL
→http://y366158.blog.fc2.com/tb.php/2090-be7eedc7