百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録、京都の研究者ら課題指摘
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170528-00000017-kyt-l26

大阪府などが世界文化遺産登録を目指す百舌鳥(もず)・古市古墳群について、京都の研究者らが、古墳群に含まれる天皇陵に関する問題点を論文集にまとめた。編著者の京都大人文科学研究所長の高木博志教授(日本近代史)は「埋葬者が特定されていない現状を正確に示す名称や、文化財としても位置付けるなど、登録前に明確にしておくべき課題は多い」と指摘する。
 古墳群は、大阪府の堺市と羽曳野市、藤井寺市にまたがる4~6世紀に築かれた古墳89基で、日本最大の前方後円墳(全長486メートル)の大山(仙)古墳(伝仁徳天皇陵)などがある。地元自治体が世界文化遺産登録を目指しており、文化庁の暫定リストに含まれている。
 現状の課題について、高木教授らは考古学や歴史学の視点から「世界遺産と天皇陵古墳を問う」(思文閣出版刊、2484円)をまとめた。
 課題の一つは、天皇陵の名称だ。現在の天皇陵は、江戸時代末期から明治時代に調査され、旧宮内省が定めたものを踏襲している。戦後、考古学者の故森浩一氏は検討を重ねた末、仁徳陵を「大山古墳」と呼ぶなどと提案。日本史の教科書で、大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵)や誉田御廟山古墳(伝応神天皇陵)と記され、定着してきている。
 ところが、大阪府などでつくる世界文化遺産登録推進本部会議の資料ではそれぞれ、仁徳天皇陵古墳、応神天皇陵古墳となっている。同会議事務局は「文化庁と宮内庁と相談し、一般的になっている名称を選んだ。古墳群の説明で、さまざまな名称があることも紹介している」としている。
 編著者の一人、今尾文昭・関西大非常勤講師(考古学)は「古墳群の天皇陵は、学術的に特定人物の古墳と確認できていない。資料通りの名称だと、国内外に誤解したイメージを広めてしまう」と訴える。
 国内法での位置付けについても言及している。天皇陵は現在、国有財産法に基づく「皇室用財産」で、宮内庁が管理し、原則非公開となっている。高木教授は「現状のまま登録されれば、秘匿性を高めることになりかねない」と危ぶむ。「古都奈良の文化財」の登録では、皇室用財産の正倉院の建物が、文化財保護法の国宝に指定された例がある。高木教授は「古墳群の天皇陵も、文化財の国史跡として二重に位置付けられるはず。あせらず、諸課題について幅広く議論して合意形成したうえで、市民に開かれた世界遺産を目指してほしい」としている。



課題の一つは、天皇陵の名称
江戸時代末期から明治時代に調査され、旧宮内省が定めたものを踏襲している。戦後、考古学者の故森浩一氏は検討を重ねた末、仁徳陵を「大山古墳」と呼ぶなどと提案。日本史の教科書で、大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵)や誉田御廟山古墳(伝応神天皇陵)と記され、定着してきている。ところが、

大阪府などでつくる世界文化遺産登録
 推進本部会議の資料ではそれぞれ、

  仁徳天皇陵古墳、応神天皇陵古墳。


それ以上に、生没年・在位期間
広く知られている天皇の一覧
6世紀以前の天皇の生没年・在位期間については、武烈天皇以前は実態不明であるが、『日本書紀』の記述を掲載



天皇の一覧


百舌鳥・古市古墳群の天皇陵
 とされる古墳は、この不明な時代



≪安倍政権の面々や背後の日本会議他新興宗教人の幻想≫<日本に強大な初代征服王が居たと>【考古学界では既に答えが出ている。初代からかなりの代まで傀儡だ】


さらには

『記紀』『延喜式』などの記述によれば、
百舌鳥の地には仁徳天皇、反正天皇、
履中天皇の3陵が築造されたことに


考古学的には
履中天皇陵(上石津ミサンザイ古墳)
→仁徳天皇陵(大仙陵古墳)→
反正天皇陵(田出井山古墳)の順で築造
されたと想定されており、
大きく矛盾が生じ


順番が違う!これで世界遺産か!!




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