「戦後50年決議」をめぐる右派団体「日本会議」の暗躍 そして戦後70年の今、彼らは何をしようとしているか?
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150726-00044212-gendaibiz-pol&p=1

『「侵略戦争と認めるなど断じてできない」
 かつて「参院の法王」と呼ばれた村上正邦さん(82歳)は面白い人である。幼いころから筑豊の
 炭鉱で苦労してきたせいか、人情味があって懐が深い。政治信条は筋金入りの右派なのだが、
 主義主張の違いを超えて人を惹きつける何かがある。

 前に少し触れたが、私は8年前、彼のライフヒストリーを1年がかりで聞き取り取材した。彼の人
 生は波乱とペーソスに満ちていて、話を聞くたび私は泣いたり笑ったりしたものだが、ここでは
 中でも一番驚かされたエピソードをご紹介したい』

『1995年、自社さ連立内閣時代のことである。村山首相は戦後50年決議の採択を目指していた。
 が、連立相手の自民党は決議推進派と慎重派に分かれていた。

 慎重派を後押ししたのが、椛島(かばしま)有三氏が率いる「日本を守る会」と「日本を守る国民
 会議」('97年に両組織が合併して「日本会議」になる)である』

『「守る会」と「国民会議」は前年4月「終戦50周年国民委員会」を立ち上げ、戦争謝罪決議の反
 対署名をはじめていた。その年秋には「国民委員会」の呼びかけで各地の県議会などで戦没
 者追悼の決議が相次いで行われ、翌年3月、「国民委員会」が謝罪決議反対署名506万名分
 を集めて国会に請願した。

 そんな状況下で森喜朗幹事長や加藤紘一政調会長らが何とか与党間の合意を取りつけよう
 と奔走した。村上さんの回想』

『交渉が大詰めを迎えたのは'95年6月6日夜だった。

 どんな内容なら慎重派が了承できるかと加藤政調会長らが文案作りを繰り返した。その文案
 を衆院役員室で「これならどうです」と村上さんに提示する。彼はそれを参院幹事長室に持ち帰
 る。

 幹事長室は、椛島氏をはじめ日本青年協議会(=後の日本会議の事務局)の関係者らに占拠さ
 れていた。彼らは文案を見て「いや、これじゃ駄目だ」「この文言はああだ、こうだ」と言う。村上
 さんは加藤政調会長のもとに引き返し「この文案じゃ受け入れられない」と伝える。その繰り返
 しで夜が更けていった。

 最終的に加藤政調会長らが提示してきた文案はこうだった。

 〈(前略)世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国が
 過去に行った【こうした】行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省
 の念を表明する(後略)〉

 村上さんが口頭で伝えられた文案には【こうした】が入っていなかった。

 であれば、日本が「植民地支配や侵略的行為」を認めたことにはならない。その辺が極めて曖
 昧になるから参院幹事長室を占拠する連中も納得できる。村上さんはそう思ってOKサインを出
 した。じゃ、これでいこうと、その場でシャンシャンシャンと話がついた。

 再び村上さんの回想。

 「散会後に決議を成文化したペーパーをもらいました。その場で中身を確認しておけばよかった
 んですが、そうせず幹事長室に戻った。それで皆(日本青年協議会の面々)に『だいたいこっち
 の要望通りになったから、これで決めたよ』とペーパーを見せたら、皆が『何だ、これは! 村上
 先生おかしいじゃないか』と言い出したんです」

 村上さんが改めてペーパーを見ると、加藤政調会長らから口頭で伝えられた文案と明らかに違
 う。【こうした】がいつのまにか挿入されていた。これだと日本が侵略戦争をしたことを認めてしま
 うことになる』

『進退窮まった村上さんはそこで決断した。「衆院が決議するのはもうやむを得ない。しかし参院
 では自分が責任をもって決議させない。だから了承してくれ」と椛島氏らに言った。それでどうに
 かその場は収まった。

 村上さんは約束通り、参院での戦後50年決議をさせなかった。参院の主導権は村上さんの手に
 あったから議院運営委員会の段階で封じ込めたのである。

 これは極めて異例の事態だった。決議は衆参両院の全会一致で行うのが国会の通例だ。言っ
 てみればそれが日本青年協議会の介入で覆されたのである』


まぁ。。如何にも自民党国会議員の
 衆参両院で、喧々諤々と練りに練られ
  作り上げた。。つまり、政治家による
   激しい駆け引きと交渉によって出来た


と言いたげな記事であるが、信じられない


外務省が記録する村山談話。。
村山内閣総理大臣談話

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)
 
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html



上記記事に出ている戦後50年決議
 自体が大幅に略されているのだろうが。。

  それとは随分違う!というより。。遥かに
   重厚で、相当手直しされたものだろう


つまり、各政党の推進・慎重両派への
 叩き台から、最終清書まで全てが官僚機構

  この場合は外務省によって作成されたと
   考えた方が圧倒的に合理的なのである!!



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≪日本の左右両サイドよ!いい加減に、やめたらどうか!その猿芝居≫<村山談話・河野談話VS安倍談話>【どちらも《官僚機構・秘書官・官邸官僚》が全て書き上げた原稿だろ!!】


村山談話、河野談話。。それを
 引き継ぐとか引き継がないとか

  安倍談話。。内閣総理大臣及び
   官房長官という時の国会議員
    内閣の役職者たちの談話のようだ


しかし、みんな官僚機構が
 官邸官僚・秘書官が本省と相談
  全て書き上げたものではないのかね?


21世紀構想懇談会。。て?
 東芝かどっかの経営者上がり
  他。。御用学者や官僚上がりの
   集まりでしょ?恐らく。。
知らんけど


想像通り。。いやそれ以上(以下)だ
 最悪の面々!関西限定読売テレビ
  『そこまで言って委員会』の全国版か


だいたい。。ペーパー丸読み・棒読みの
 内閣総理大臣談話は一切必要無いのだ


安倍首相の談話などに
 世界は注目していない、と思う


外務省という公務員集団では
 諸外国に押しが利かず。。
米欧
  先進諸国はじめ外国には
首相と
   いう”看板”を前面に押し立て使った
    方が都合が良いから言わせる・・・。


米欧先進国での大統領や首相
 と。。日本の内閣総理大臣では
  微妙に意味合いが違うという印象


大したヤツも居なかった。。戦後日本の
 特に、平成以降の政財官学界面々だが


しかし、21世紀に入って。。第二次・第三次
 安倍晋三内閣を取り巻く面々に至っては
  新聞・テレビの劣化という項目が追加。。

   史上最悪と言い切って絶対に間違い無い!


官僚機構が作り上げて来た
 戦後日本政治。。特に、平成
  以降。。いや21世紀以降は
   官僚機構に丸投げの様相が
    さらに強く鮮明になってきている


村山談話も河野談話も
 そして必要も無いのに今回
  発せられる安倍談話とやら・・・。


官僚機構=官邸官僚・秘書官が首謀
 せいぜい御用学者・ジャーナリスト
  が意見付け添えた程度のものを
   内閣総理大臣が棒読みする訳だ


左右両サイドに分かれて
 如何にも、政治家・指導者という
  虚構のイメージぶら下げた国会議員
   内閣の役柄たちが如何に何を言おうと

    所詮は、官僚機構内のお話ではないか



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池上彰の番組でも昨日取り上げて
 いたが。。大新聞報道から一歩踏み
  込んだ程度で。。あれがテレビでは限界


ホントのことを言えば。。議院内閣制を
 定めた憲法改正論議が各方面から起きる


上記記事などは。。御用作家の政治小説
 国会議員総理や与党議員が大したことなど
  出来ないという実態を早く暴露すべきである


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