百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録、京都の研究者ら課題指摘
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170528-00000017-kyt-l26

大阪府などが世界文化遺産登録を目指す百舌鳥(もず)・古市古墳群について、京都の研究者らが、古墳群に含まれる天皇陵に関する問題点を論文集にまとめた。編著者の京都大人文科学研究所長の高木博志教授(日本近代史)は「埋葬者が特定されていない現状を正確に示す名称や、文化財としても位置付けるなど、登録前に明確にしておくべき課題は多い」と指摘する。
 古墳群は、大阪府の堺市と羽曳野市、藤井寺市にまたがる4~6世紀に築かれた古墳89基で、日本最大の前方後円墳(全長486メートル)の大山(仙)古墳(伝仁徳天皇陵)などがある。地元自治体が世界文化遺産登録を目指しており、文化庁の暫定リストに含まれている。
 現状の課題について、高木教授らは考古学や歴史学の視点から「世界遺産と天皇陵古墳を問う」(思文閣出版刊、2484円)をまとめた。
 課題の一つは、天皇陵の名称だ。現在の天皇陵は、江戸時代末期から明治時代に調査され、旧宮内省が定めたものを踏襲している。戦後、考古学者の故森浩一氏は検討を重ねた末、仁徳陵を「大山古墳」と呼ぶなどと提案。日本史の教科書で、大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵)や誉田御廟山古墳(伝応神天皇陵)と記され、定着してきている。
 ところが、大阪府などでつくる世界文化遺産登録推進本部会議の資料ではそれぞれ、仁徳天皇陵古墳、応神天皇陵古墳となっている。同会議事務局は「文化庁と宮内庁と相談し、一般的になっている名称を選んだ。古墳群の説明で、さまざまな名称があることも紹介している」としている。
 編著者の一人、今尾文昭・関西大非常勤講師(考古学)は「古墳群の天皇陵は、学術的に特定人物の古墳と確認できていない。資料通りの名称だと、国内外に誤解したイメージを広めてしまう」と訴える。
 国内法での位置付けについても言及している。天皇陵は現在、国有財産法に基づく「皇室用財産」で、宮内庁が管理し、原則非公開となっている。高木教授は「現状のまま登録されれば、秘匿性を高めることになりかねない」と危ぶむ。「古都奈良の文化財」の登録では、皇室用財産の正倉院の建物が、文化財保護法の国宝に指定された例がある。高木教授は「古墳群の天皇陵も、文化財の国史跡として二重に位置付けられるはず。あせらず、諸課題について幅広く議論して合意形成したうえで、市民に開かれた世界遺産を目指してほしい」としている。



課題の一つは、天皇陵の名称
江戸時代末期から明治時代に調査され、旧宮内省が定めたものを踏襲している。戦後、考古学者の故森浩一氏は検討を重ねた末、仁徳陵を「大山古墳」と呼ぶなどと提案。日本史の教科書で、大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵)や誉田御廟山古墳(伝応神天皇陵)と記され、定着してきている。ところが、

大阪府などでつくる世界文化遺産登録
 推進本部会議の資料ではそれぞれ、

  仁徳天皇陵古墳、応神天皇陵古墳。


それ以上に、生没年・在位期間
広く知られている天皇の一覧
6世紀以前の天皇の生没年・在位期間については、武烈天皇以前は実態不明であるが、『日本書紀』の記述を掲載



天皇の一覧


百舌鳥・古市古墳群の天皇陵
 とされる古墳は、この不明な時代



≪安倍政権の面々や背後の日本会議他新興宗教人の幻想≫<日本に強大な初代征服王が居たと>【考古学界では既に答えが出ている。初代からかなりの代まで傀儡だ】


さらには

『記紀』『延喜式』などの記述によれば、
百舌鳥の地には仁徳天皇、反正天皇、
履中天皇の3陵が築造されたことに


考古学的には
履中天皇陵(上石津ミサンザイ古墳)
→仁徳天皇陵(大仙陵古墳)→
反正天皇陵(田出井山古墳)の順で築造
されたと想定されており、
大きく矛盾が生じ


順番が違う!これで世界遺産か!!




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晴耕雨読
http://sun.ap.teacup.com/souun/21221.html

「「過去を支配しようとすることは未来を支配しようとすることであった」:山崎 雅弘氏」  天皇と近代日本
https://twitter.com/mas__yamazaki

>…流行語大賞が「神ってる」だと…? #流行語

大賞昨晩のNHK9時ニュース、割と早い時間に10分も費やして、一企業主催の娯楽ネタを丁寧に報道していた。

籾井会長の続投は無い模様だが、既にこういう「体質」が完成したのでお役御免になっただけだろう。

籾井氏が退任しても、この体質はすぐには元に戻らない。

公共放送の社会的役割など眼中にない。

企業のCMで運営する民放の娯楽バラエティ番組が、流行語大賞のような娯楽ネタで時間を潰しても視聴者は観なければいいだけの話だが、受信料を事実上強制徴収し、様々な特権を付与された公共放送が、ニュース番組という枠内で、民放の娯楽バラエティ番組と同質の内容で電波を浪費するのは意味が違う。

近鉄名張駅に掲示されている、伊勢神宮の宣伝広告。

サミットに参加した各国首脳や政府関係者は、自分や自国トップがこのような形で商業宣伝や宗教宣伝、国家神道という文脈での政治宣伝に利用されていることを知っているだろうか。

結果として、国費で行われた公的行事で、神社本庁に利益供与している。

火曜に生放送されたIWJの岩上さんとの番組で、最後に紹介した加瀬英明氏の発言(『日本の息吹』2013年12月号、pp.17-18)。

加瀬氏は、今のアメリカでオバマ大統領が誕生したり、タイガー・ウッズやウィリアムズ姉妹が活躍できるのは「日本がアジア解放、有色人種解放の大東亜戦争を⑯戦ったおかげ」だと述べて、恩を売ろうとしている。

来日したオバマ大統領が天皇にお辞儀した事実についても、勝手な想像で「側近から聞いた」かのような話を創作して、「オバマ大統領は『日本のお蔭で自分は大統領になれたという思いで胸がいっぱいになって深くお辞儀をしたのだ』と語ったそうです」などと吹聴している。

米国の公民権運動が始まったのは、アラバマやルイジアナ等の南部であってニューヨークではない。

米国の黒人が血を流して勝ち取った公民権を、日本のおかげだと勝手に思い込むのは妄想でしかないが、黒人が自力で勝ち取ったものではないと侮辱し蔑視し見下している。

以前にも紹介したように、日本会議の渡辺昇一氏も「シンガポールが独立して欧米と対等に接することができるのは誰のおかげだ」と、シンガポールの人々を見下して恩を売っていた。

実際に日本がやったのは、シンガポールに侵略し、地名を変えて日本に併合しただけで、独立運動の支援など一切していない。

火曜に生放送されたIWJの岩上さんとの番組でも紹介した、シンガポール建国の父と呼ばれる初代の同国首相リー・クアンユーの回想録の記述。

「日本人は我々に対しても征服者として君臨し」日本人以外のアジア人を「日本人より文明が低く民族的に劣ると見なして」見下していたと、はっきり書いている。

渡部昇一氏、加瀬英明氏、小堀桂一郎氏など、日本会議系人士はなぜ、ここまで今上天皇が明確に述べられたお言葉を平然と足蹴にして「今の天皇より俺の方が天皇の本質を理解している」という傲慢な態度をとれるのか。

渡部昇一氏は「有識者会議は皇室制度の専門家ではない」と言うが、貴方も同じだろう。

日本会議の機関誌『日本の息吹』にノーチェックで掲載されたこれらの発言は、日本会議の人士が黒人やアジア人を日本人より劣る存在として、今も見下している事実を示しているが、彼らは相手が天皇であっても、自分が優位であるかのように語っている。

一見日本会議を批判しているように見えて、日本会議批判の矛先を脇に逸らすために「日本会議はただのミソジニーおやじの集団です。戦前回帰でもなければ安倍政権への影響力もありません」等の問題矮小化の言説を流し続ける人もいるが、現実を直視すれば、そんな低レベルの問題でないことは明白だろう。

火曜に生放送されたIWJの岩上さんとの番組では、吉田一彦さんの『「日本書紀」の呪縛』(集英社新書)も少し紹介した。

明治期に政治目的で体系化された「日本の歴史と伝統」が、普遍的な日本の歴史と伝統であるかのような錯覚が、安倍政権下の日本で復活しつつあるが、実証を欠いた主観でしかない。

「『日本書紀』は日本の過去をありのままに記したような書物ではない。それは、権力の座についた氏族たちが自分たちの権力の根拠と正統性を神話と歴史から述べた政治の書物であり、過去を支配することを目的とした書物であった」

「『日本書記』は過去を規定するが、それだけではなく、それによって現在や未来をも規定した。過去を支配しようとすることは未来を支配しようとすることであった」(p. 225)

過去の歴史を支配することは、それだけに留まらず、現在と未来をも政治的に支配することに繋がるという指摘は、現在の日本で進む歴史修正運動を理解する上で重要なポイント。

産経の「歴史戦」における「主力戦士」の一人、井上和彦氏に、産経が『正論大賞』を授与。https://t.co/sD0woYtTEn

この井上和彦氏が、どんな手法で過去の歴史を改竄・歪曲し、予備知識のない日本人を騙すかについてのまとめ→井上和彦氏が雑誌記事や単行本で書いている嘘やミスリードの手法、例えば「日本占領下での市民の犠牲者の慰霊碑」を「抗日華僑の碑」と呼んで、あたかも「死んだ人間は全員日本軍に抵抗した戦闘員なので殺した日本軍に罪は無い」かのように錯覚させる手法は、現地で確認すれば簡単にウソだと判明する。

まとめ『シンガポールと「大東亜戦争」と「昭南島」について』http://togetter.com/li/957993  で具体的な証拠を挙げて説明している通り、井上和彦氏が「歴史戦」で展開しているのは「虚偽の政治宣伝」であり、中国政府が行う南京虐殺犠牲者数の水増し宣伝と本質的には何も違わない。




『日本書紀』は日本の過去をありのままに
  記したような書物ではない。それは、権力の
   座についた氏族たちが自分たちの権力の根
    拠と正統性を神話と歴史から述べた政治の
     書物であり、過去を支配することを目的とした


同感である

7世紀後半から取り掛かり、
 8世紀初頭に完成した神話。

帝紀・旧辞等幻の書を土台に
 諸豪族祖先からの系譜、諸外国
  の神話引用でとの説も。

口述伝承(いいつたえ)は400年が
 限度というから3世紀後半の王権
  創建にはギリギリ到達出来るのか。

が、恣意的な記述は疑い無く不比等栄達
 により、当初目的の天皇称賛から蘇我氏
  の矮小化、藤原氏賛美へと変化した部分




http://blog.goo.ne.jp/ki…/e/5883a33154b7c2d823a4220ddf7b0a6d
稲田朋美大臣の「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神」という言葉
(日本国政府閣僚=大臣で弁護士でもありながら、たとえ一群の集会であってもこういうことを安易に口走る頭の中は疑わないといけないが)
http://lite-ra.com/2016/11/post-2707_2.html
稲田朋美大臣や三原じゅん子をサヨ諸氏が哂う
実在しない天皇を実在したと喧伝、さらに偉業を崇拝と。。
現役の神社宮司が「日本会議や神社本庁のいう伝統は伝統じゃない」「改憲で全体主義に逆戻りする」と真っ向批判
http://lite-ra.com/2016/06/post-2296.html

しかし、ちょっと待て!
「神武」という方なのか同一説「崇神」という方か知らんが
『初代』はいらっしゃった、即位されたでしょ?
ということ。
日本神話は「神話」なので、架空物語的になるのは仕方ない
が、一方で「歴史書」の側面。考古学発見も神話記述に照合したりするようだ。

つまり、神話だから{架空}と切り捨てるのではなく
紀元前660年を哂え!である。

よって、サヨ諸氏もピントがズレている。


が、神話の神的存在「神日本磐余彦天皇(かんやまといわれひこのすめらみこと)」で終わればそれすら何の問題も無いが。。
日本の王権初代「神武」なのでちゃんとしといて欲しい、と。


どうも。。稲田朋美はじめ界隈諸氏は
『神話上の神武天皇』でも御不満なようで。。古史古伝竹内文書の類上の強大なトップダウン帝王を想像。
(それによれば神武でも第73代天皇・・初代は何年や)
聞くところに拠れば、昭和天皇の大戦中大元帥時代までは支持。
戦後はすげ替え論、今上天皇・皇太子に対しては批判的。。
な気配が漂っている。自分らの思想に合わんかったら批判か!?

(ケシカラン!最後まで徹底的に付き従えよなぁ~~)

考古学・歴史学上は西暦280年前後がほぼ定説。
しかも、トップダウン武闘派の帝王ではなく、吉備や出雲はじめ強国に担がれた御輿だったという。

(日本の考古学界は弱小、大っぴらに言えば潰される)

まぁ、日本の(ネト)ウヨもサヨも大したことない、またちゃんと発表しない考古学もしっかりしろよ!
日本の将来もこれでは先が見えていないか?。。</span>



つい先日も述べた

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≪安倍政権の面々や背後の日本会議他新興宗教人の幻想≫<日本に強大な初代征服王が居たと>【考古学界では既に答えが出ている。初代からかなりの代まで傀儡だ】



安倍政権が「神武天皇は実在した」を本気で喧伝、産経もトンデモ神武本出版! 神話で国民を支配するカルト国家化
http://lite-ra.com/2016/11/post-2707.html



安倍晋三はじめ長州卒族付近
 の怪しい出自の人間に限って。。
  変な新興宗教に憑りつかれるのか


まず。。答えから
 神武天皇の漢風諡号かどうか、
  「初代」は居た。ただ。。安倍政権
   他新宗教人が思い描く「剛腕の帝王」

などではない。

 吉備・出雲はじめ強国に御輿の
  ように擁立された。。大変言い難い
   が「傀儡」の可能性。よって、初代
    以降かなりの代まで世襲など夢の
     また夢ではないか。武帝に非ず!


国連事務総長のような。






≪初代神武天皇に該当する人物は確かに存在しただろう≫【ただし、強大な征服王ではないと考える】



天皇陵の秘史 江戸幕府による神武天皇陵築造の謎 【歴史人1月号】
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141216-00010001-rekishi-life


奈良県橿原市。。神武天皇陵
 小生もまだ知識の無い頃、この辺りを
  散策してみたことがあるが。。

天皇陵と思われる墳墓や橿原神宮
 確かにこの界隈には何かがあった!

  と思わされたものである。。その後
   神武天皇架空説や欠史8代説や
    10代崇神天皇との同一人物説など
      の存在を知るに至る訳である


しかし、古墳や考古学との関連で
 やはり、初代神武天皇に該当する人物は
  確かに存在した!!と考えるようになった


神武天皇(じんむてんのう、庚午年1月1日 - 神武天皇76年3月11日)は、
日本神話に登場する人物で、日本の初代天皇(古事記、日本書紀による)。
日本書紀によると、天皇在位は辛酉年(神武天皇元年)1月1日 - 神武天
皇76年3月11日とされる。
『古事記』では神倭伊波礼琵古命(かむやまといわれひこのみこと)と
称され、『日本書紀』では神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)、
始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)、若御毛沼命(わかみけぬ
のみこと)、狹野尊(さののみこと)、彦火火出見(ひこほほでみ)と称される
                         (ウィキペディアより)



神武天皇が紀元前660年に即位
 さすがにこれは。。縄文か弥生時代である
  やはり古墳時代に該当の3世紀後半。。
   この時代の人物であろうと思われる


さらに、強大な征服王というイメージ
 これも幕末勤王思想や明治維新前後の
  皇国史観とも関連するのではないだろうか






≪日本の曙!《ヤマト勃興》に関する壮大な推理≫<卑弥呼・邪馬台国は日本ではない>【ヤマト王権は周辺強国により擁立された!!】


小生。。岡山には敏感に反応する
 何もかもに反応ではなく、古墳・遺跡
  古代。。超古代史に関連する事柄に
   である。。
その理由は、岡山=旧吉備

吉備国または吉備王国
 日本古代史のNO1キーマン
  の居城・拠点。。
神々の棲んだ
   偉大なるエリア!
と考えている

 
吉備。。吉備国。。
 古代日本の地方国家。現在の岡山県全域
  と広島県東部と香川県島嶼部および兵庫県
   西部(佐用郡の一部と赤穂市の一部など)

    またがる、有力勢力の一つ。。いや、NO1!


吉備の代表的な古墳
であり、造山古墳群の主墳
 造山古墳 5世紀築造推定
  全長350m 全国4位の
   超巨大前方後円墳である


全国第1位大仙陵古墳(486m) 伝代16代仁徳天皇陵
2位誉田御廟山古墳(420m) 第15代応神天皇陵
3位上石津ミサンザイ古墳(360m) 第17代履中天皇陵


とそれぞれ宮内庁に比定され
 立ち入りが許されず、学術調査も
  行われていない
のに対して

造山古墳は、立ち入りが許される
 全国最大の超巨大古墳なのである


上位3位までの古墳と
 4位の造山古墳、いずれも
  5世紀の築造。。ヤマトは既に
   存在している訳であって。。


全国1位~3位の古墳が
 堺。。羽曳野、いわゆる河内平野

  に存在に比べて、岡山にある4位
   の造山古墳。。9位の作山古墳が
    存在することから。。
古代吉備には
   
ヤマト王権に対抗しうる、拮抗した
 強力な王権(吉備政権)があった
  との見解。。充分に頷ける学説!!


いや、そもそも吉備がヤマトを創った


小生の理解では。。北部九州は
 確かに国内先進国だったが。。
  

主導権は、弥生時代のある時期
 から。。
吉備・出雲をはじめと
  して北陸地方にも移り始めており

   大陸から直接技術や材料を導入する
    力を持ち始めていたと漠然と感じて
     訳なのであるが。。


滋賀県。。近江なら
 その力を持っていたことは
  充分に有り得る!!と考える


全くその通り!邪馬台国畿内説学者
 幅を利かせる考古学・史学界主流派
  は、ヤマトと九州中心で考え過ぎである


鉄器・青銅器・土器
 恐らく、大陸・半島に近い
  北部九州に伝わった


つまり、弥生時代。。紀元前
 には、日本列島内の先進国は
  北部九州だったといえる訳だ


その技術が。。文化が
 次第に列島東部へ伝播
  九州から東北まで普及


この時代が下るにつれて
 紀元前後から西日本・山陰
  同盟が瀬戸内海ルートを
   押さえることにより。。
    また、その他生活文明


諸事情により
 力関係が、北部九州圧倒的
  から、西日本(吉備・出雲)
   へと移って行ったということか


そして、紀元3世紀
 ヤマト勃興となる訳だ


そのヤマト勃興には
 吉備・出雲・畿内・伊勢
  北陸・東海と。。御輿を
   担ぐように、だとのこと


この辺りは、日本の曙
 しかし、ヤマト勃興へ至る
  紀元前後から3世紀の間に
   邪馬台国論争という邪魔が


何故なら、邪馬台国論争
 九州VS畿内、しかし!!
  本当に日本なのか!?


それ以上に重要なことは
 いわゆる邪馬台国時代より
  以前。。紀元2世紀前後なのか
  

西日本(吉備・出雲)が
 超強国として君臨したらしい
  ことも囁かれており。。  


そのインパクトは
 邪馬台国の比ではない
  と充分に考えられる。。
   

女王卑弥呼よりも
 吉備の大王の方が遥かに
  大物ではないのだろうか


邪馬台国を纏向遺跡や箸墓古墳と
 関連付けてしか考えられない畿内説学者
  考古学で幅を利かせる主流派の
   考え方や解釈では。。
まず到底
    この新しい事実を受け止めることは
     不可能であり。。誤った判断が
      横行しないことを祈るばかりである


九州が大陸からの技術導入
 などにより、最先進国だったが

  次第に主導権は、吉備や出雲
   瀬戸内海勢力に移り。。
ヤマト擁立

ここで気になるのは、巷いわれる
 邪馬台国。。そして女王卑弥呼とやら


九州から、吉備・出雲に主導権
 その後。。吉備・出雲・畿内・近江
  伊勢・北陸・東海・そして九州勢力もか


各強国首長たちが御輿担ぐように
 擁立したのが、ヤマト王権だとすれば


例えば。。さらに想像を
 膨らませていけば。。
欠史8代
  
古事記・日本書紀といういわゆる
 日本神話を基礎概念に、系譜は
  存在するがその事績が記されない

   第2代綏靖天皇から第9代開化天皇
    までの8人の天皇、あるいはその時代


初代神武天皇と10代崇神天皇
 を同一人物と断定した上で。。


史学界通説・考古学主流
 が居なかった!とする欠史8代
  2代から9代までの諸天皇あるいは
   ヤマト王権の各倭王たち。。
もしや

各強国首長と関係のある人物!
 もしくは、各首長から擁立され
  その後の10代以降の各天皇
   とは血縁関係がない重要人物?


また、さらには

ヤマト擁立の各強国首長の
 後裔・末裔・親族子孫は。。畿内
  ヤマト周辺で王権に寄り添うように
   暮らした可能性を追究して良い筈だ


ヤマト王権。。初代天皇(大王。。倭王)
 は征服王などではなく、吉備をはじめ
  出雲、東海、伊勢、越、畿内そして九州
   各地の強国に擁立された王だった!と


そして、纏向遺跡が邪馬台国や
 卑弥呼と関連付けられる昨今だが
  纏向遺跡はヤマト王権が置かれ。。
   箸墓古墳は卑弥呼墓でもないだろう





≪卑弥呼墓は、箸墓古墳ではない!邪馬台国は日本には無い≫<日本古代史界には、政治以上のプロパガンダ>【卑弥呼が日本列島の女王。。初代天皇が強大な征服王。。《どちらも違う》】


卑弥呼の邪馬台国が登場する3世紀半ば
 までに、倭国の中心が九州から近畿に移った


これは本当だろうと思っている

ならば。。
奈良桜井の纒向遺跡
 邪馬台国ではなく。。
  ヤマト王権発祥地だろう


邪馬台国は、古くは九州説
 が断然優勢。。しかし、この
  纒向遺跡が逆転HRとなり

   
箸墓古墳を卑弥呼墓として
 畿内、ズバリ奈良を邪馬台国に
  という畿内説が圧倒的に有利に


小生。。以前から
 卑弥呼の墓=箸墓古墳
  に非ず!という見解

   紹介しているが再掲
    したくなってきた

女王卑弥呼が
 統治したとされる
  邪馬台国は何処か


九州説と畿内説が
 大激論・対立してきた

纏向遺跡。。箸墓古墳
 が邪馬台国。。卑弥呼の墓
  という説の登場
により

畿内説が俄然有利になった経緯

しかしながら、
 箸墓古墳を卑弥呼墓
  とする根拠は、極めて貧弱


・この古墳の後円部の直径が『魏志倭人伝』にある
  卑弥呼の円墳の直径「百余歩」にほぼ一致する
・後円部にある段構造が前方部で消失することから、
  前方部が後世に付け加えられた可能性があること
・大規模な古墳の中では、全国でももっとも
  早い時期に築造されたものであること


まず卑弥呼の円墳直径
 百余歩=約150m

日本の円墳で最大級は
 100m程度しかない
  この条件に見合う円墳は
   日本には存在しない


よって、最初の条件で既に
 卑弥呼の墓、邪馬台国ともに
  日本国ではない可能性が出現


ふたつ目の条件
後円部にある段構造が
 前方部で消失を以って、
  前方部が後世に増築された
との説は

無理やり
 箸墓古墳を卑弥呼墓に合致
  させようとしている可能性


そして三つ目の条件
大規模な古墳中、
 全国でもっとも
  早い時期に築造
との説も

卑弥呼の墓は百余歩
 150m近くあれば
  それで済むし、そもそも
   記述が誇張の可能性


九州はじめ日本全国の
 数ある村落のうちの一つ
  邪馬台国の統治者
それを卑弥呼と仮定すれば
 大規模古墳である必要は無い

とすれば。。


纒向石塚古墳、ホケノ山古墳、纒向勝山古墳、
纒向矢塚古墳、神門5号墳、神門4号墳、辻畑古墳
と数多く存在
そしてこの記事の
京都府向日市の国内最古級の前方後円墳
五塚原(いつかはら)古墳も条件を満たしてくる


小生。。3年近く前に
 既に邪馬台国は外国にあった
  可能性を示す説を紹介している


卑弥呼墓の大きさを150m
 としてみた、のは当初の見解
  それでも300mの箸墓古墳では
   あまりに大き過ぎると言ってみた


ところが。。卑弥呼墓の大きさ
 150mもないのではないか?
  とも思えてきた訳である・・・。


それに。。卑弥呼、本当に日本の女王か
 なぜ。。卑弥呼、このような字を充てるのか


中海道遺跡との関連。。
 初めて聞いた遺跡名である


京都五塚原古墳。。何度か取り上げた
 箸墓古墳との類似点?箸墓を卑弥呼墓
  とする前提での議論であるから大いに疑問


ただ。。箸墓のミニチュアという大きさ
 の点では、卑弥呼墓煮より近いと以前
  してみた訳だが。。訂正が必要なのだ


五塚原古墳でも大き過ぎるともいえるのだ


京都向日市の 五塚原(いつかはら)古墳
 小生。。以前にも取り上げたことがあるが
  全長91.2m。。卑弥呼墓のスケールに
   はピッタリである!箸墓では大き過ぎる!!



小生。。。

纏向遺跡や箸墓古墳を

邪馬台国だけに縛り付けてしまって
良いのか、
と素人ながら思ってはいた。


そんな中
現在、ある古代中国原典専門
40年のベテランが著した
書物を読んでいる

その著者が言うには
”邪馬台国”は日本に在らず

日本の歴史界が魏志倭人伝
 の訳を間違えている!!


つまり倭に至る出発点の
 場所から間違えている!!

ということらしい。。。


その本たるや
最初から3分の2ぐらいは、
中国の省や郡の場所がズラリ


さすがに、退屈で
 殆ど全て読み飛ばした

そして、
邪馬台国=倭=倭国 
は 中国もしくは朝鮮半島の根元

現在の中華人民共和国内
か北朝鮮内
だという。。。


あまりきいた事が無い説

このまま読み進んでいて良いのか!

単なる異端者の説ではないのか!


と思っている時に


司馬遼太郎の短編集を買ってしまった

そこで見たものは!


司馬遼太郎は
「倭とか倭国、倭人は中国の
  とある場所であり。。
   倭人とか倭とか呼ばれた場所
    が中国内に存在していた」
らしい

と言っている

既に1970年代に、である


司馬遼太郎が言ったからではなく、
そういう説が古来存在していた訳である


では
何故。。日本の歴史学者や歴史専門家達が大挙して
魏志倭人伝の倭に至る出発点を
間違えて訳してしまったというのか

という疑問も残る。。誰か気付いたはず


例えば、英(米)語や他の欧州語
なら日本の学者も読み慣れている
しかし中国の原典には
馴染みが少ない
のは確かにある


もしも、原典の訳を誰か
が間違えてしまい。。。

慣れない原典をあたらずに、
その訳を元に議論が極めて永年白熱
それならば、如何に方角・距離を
あらゆる角度から検証し直しても

・・・・・半永久に倭には到達出来まい

まだ、極めて不確かながら

邪馬台国という概念を。。。

・・・日本の歴史から削除しなければならない


となれば歴史学史上でも群を抜く大事件である!!が。。。


まず卑弥呼墓の円墳直径
 百余歩=約150m


日本の円墳で最大級は
 100m程度しかない
  この条件に見合う円墳は
   日本には存在しない


としてみた、小生の見解を訂正である

古代中国の一歩を。。1.4m程度と換算
 しかし、古代の中国の単位は同じ歩でも
  殷・周・秦・漢・魏・晋。。正に百変化に
   近い伸縮具合なのであり。。
要は

小生、古代史研究家の如く上手く
 綿密な論理では言えないのであるが

長里と短里、1歩=1.4mは長里であり
 短里とするならば。。0.3m程度なのだ


と、すれば!!卑弥呼墓は
 30m程度の円墳だったと考え直すべき!!


そして、従前従来から言っているように
 古代史。。いや考古学界は弱小学界である
  戦前は、皇国史観・軍部プロパガンダの前に
   正に完全に息を潜めざるを得なかったのであり


戦後ですら、やはり革新的な論述は
 避けているのが明白なのであり。。いや
  学界の構成員、史学・考古学者の中での
   右派の力が強いように思えてならない


それが、真相追究の道をより狭め遠ざけた


実際は、もう4年以上前の見解ではあるが
 日本考古学界。。弱小であり、戦前は勿論
  戦後も長らく、監視下。。皇国史観や国粋
   主義者等の目を気にして、いや今もだろう


邪馬台国や卑弥呼。。そして特に
 日本神話などは絶対に軽視出来ない
  唯一の国史。。史書であることを抜きに
   しても、顔色を窺わざるを得ないはずだ


歴史学界・考古学主流派
 邪馬台国畿内説学派の歴史家
  は、邪馬台国を纒向遺跡に。。
   箸墓古墳を卑弥呼墓に結び付け
    たがる傾向が強いのであろうが


どう考えても無理があり過ぎる訳だ


日本神話も、無視すれば文献が無く
 なってしまうが。。参考程度にすべき


そして、邪馬台国・卑弥呼のことは
 日本列島超古代の概念から除去必要


小生の理解では。。北部九州は
 確かに国内先進国だったが。。
  

主導権は、弥生時代のある時期
 から。。
吉備・出雲をはじめと
  して北陸地方にも移り始めており

   大陸から直接技術や材料を導入する
    力を持ち始めていたと漠然と感じて
     訳なのであるが。。


ならば。。邪馬台国も中小の勢力
 に入ることにはならないかね?

邪馬台国が日本列島を代表する
 首都であったという解釈が間違っている


吉備・出雲。。ひょっとして九州も
 近江・越(北陸)・東海・伊勢・畿内

 
各強国が神輿を担ぐように
 擁立勃興したのがヤマト王権であり


ヤマトの王。。倭王・大王は、長い間
 擁立してもらった強国各帝王たちに
  遠慮しなければならなかったのでは?

 
よって、初代倭王から
 数代。。欠史八代含め10代まで?いや
  それともそれ以降、10数代大王(天皇)まで
   世襲を許されなかったのは充分に頷ける話


歴史学界主流派から。。その手の
 話が出てきたのを聞いたことが無い


ヤマト王権が、強力な指導力を発揮
 し始めるのも。。歴史学界主流派が
  述べる見解よりもすっと後年だった


と考えて問題無いと思うのである


纒向遺跡は邪馬台国ではない
 箸墓古墳は、卑弥呼墓ではない

  ヤマト王権発祥の地が纒向遺跡
   これなら、納得も出来るというもの


ならば、箸墓古墳は初代倭王
 即ち、初代天皇墓ということなのか


違うと思えてならない
 皇国史観によって、またそれに
  抗えない古代史・考古学界
   による扇動・プロパガンダだ!


ヤマト擁立の各強国の最右翼
 キングメーカー吉備の大王墓に決定


では。。初代神武天皇はどういう人物
 だったと考えれば良いのだろうか。。

  恐らくまだまだ実権など皆無に等しく
   キングメーカーたちに気兼ねするような





≪邪馬台国畿内説学派が唱える。。箸墓古墳=卑弥呼墓説は、益々遠のいた≫<古代史には。。現代日本政治よりも、遥かに複雑・重厚な壁>【卑弥呼墓は。。今言われる古墳では、どれもデカ過ぎる!】


奈良県桜井市
 箸墓古墳。。全長278m
  超巨大前方後円墳であるが
   さらに大きくなる可能性
    全長300mに達するのか


小生、付近一帯を
 巡回して回ったことがある
  巨大古墳が点在する近隣
   しかし、箸墓古墳の姿は
    他の古墳とは、全然違った


池。。ため池?とにかく水辺が
 そこに浮かぶ島のような趣で
  姿・形が美しかったのは当然
   風格のようなものを感じた訳で


辺り一体の桜井や天理
 の巨大古墳を従えるような
  そんな雰囲気すらあった。。


5世紀の超巨大古墳
 伝仁徳天皇陵や応神天皇陵
  などの古墳最盛期とは
   時代も意味合いも全く違う


箸墓古墳の被葬者を
 邪馬台国畿内説の学者連は
  卑弥呼をヤマト王権に直結
   させて、そのけん引役に
    見立てようと躍起になるが


小生。。絶対に違うと考える

考古学研究会のセミナー
 に参加したときのことである


岡山県。。古代旧吉備国
 2世紀の楯築遺跡に注目すれば
  

桜井の箸墓古墳は
 この楯築遺跡の特徴を色濃く継承
  吉備の王との繋がりを権力基盤に

   という学者の説明をきいた訳で

そのヤマト王権勃興には
 吉備・出雲・畿内・伊勢
  北陸・東海と。。御輿を
   担ぐように、だとのこと
    なのは既に解明済みである


小生。。想像するに
 初期ヤマト王権の長。。倭王
  つまり、呼称は無かったにせよ
   天皇は、御輿のように担いだ
    各強国の王たちには、気兼ね
     現在の国連事務総長のような
      そういう存在ではなかったか


各強国の。。今で言う米・欧・ロ
 とりわけ、超強国の米国的存在
  それは恐らく。。いや確実に
   吉備。。もしくは吉備王権勢力


箸墓古墳クラスの超巨大墳墓
 築造には、数百万人から1千万人
  動員して、築造期間20年ぐらい
   は必要だったのでは、という試算


卑弥呼墓。。百余歩・・150m未満
 シャーマン的存在の30余国。。このクニ
  は村落といって言い訳で、日本の王
   とは考え難く。。卑弥呼では絶対無理


初代倭王(天皇)でもそれは困難で
 もっと、大物だったと考えた方が良い


間違い無い!初代倭王を生み出した
 超古代版治天の君。。ホントの倭王
  吉備の大王と考えた方が自然である


現代日本政治などよりも
 遥かに複雑かつ重厚な壁が
  存在する日本古代史・考古学


今後もさらに一層研究が必要な
 小生ではあるが。。現時点では
  優勢な邪馬台国畿内説学派が唱える
   箸墓=卑弥呼墓説には賛成出来ない


弥生時代の北部九州から
 日本の主導権・・”首都”は
  中国・山陽地方に遷り。。

   この件は、『神武東征神話』
    『邪馬台国東遷説』とも符合する


日本の神話は8世紀の編纂。。
 ヤマト勃興は3世紀の話である

  口頭伝承の最長期間は400年
   程度という説もあるにせよ。。


また、神話編纂者がヤマト王権発祥
 の逸話などを絶対に知らないにせよ

  やはり見事と言わざるを得ない訳だ


日本の初代天皇は強大であって
 欲しい、という気持ちは解らないではない


しかし、一般人ではなく
 一国の政権人が妄想とすれば話は別


新興宗教に取り憑かれたり
 ありもしない妄言を喧伝するならば
  北朝鮮以下と断じざるを得ない訳だ




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

空想上の。。想像上の
 信仰上の天皇に付き従い

国民のことを思う今上天皇に
 現皇室には批判的な諸氏は

  保守でも右翼でもない、と断じる

歴代で最高の権力を得ていたと
 いう説もある昭和天皇であるが

  大日本帝国軍大元帥だった
   第二次世界大戦直前・戦中に
    は帰依していた諸氏も戦後は


なんと!天皇すげ替えとも取れる言動の説


安倍政権が「神武天皇は実在した」を本気で喧伝、産経もトンデモ神武本出版! 神話で国民を支配するカルト国家化
http://lite-ra.com/2016/11/post-2707.html

とうとう、ここまできたか──。日に日にエスカレートしていく安倍政権の歴史修正主義だが、いよいよ連中は「神武天皇は実在した」なるトンデモまで喧伝しだしたらしい。
 念のため最初に言っておくと、神武天皇は8世紀の「古事記」「日本書紀」(あわせて記紀という)を基にした“初代天皇”だが、もちろん実在したとは立証されておらず、ときの政治権力である朝廷がその支配の正当性を説くために編み出した“フィクション”というのが歴史学の通説だ。
 ところが最近、安倍政権周辺から「神武天皇は実在の人物でその建国の業績を讃えるべき」という主張が次々飛び出してきているのだ。
 自民党の三原じゅん子参院議員が、先の参院選投開票日のテレビ東京の選挙特番で、VTR取材中に「神武天皇の建国からの歴史を受け入れた憲法を作りたい」と発言していたことについて、MCの池上彰から神武天皇は実在の人物だったとの認識かを問われ、「そうですね。そういう風に思ってもいいのではないか」と“珍回答”。池上が呆れて「学校の教科書でも神武天皇は神話の世界の人物ということになってますが?」とツッコんだのは記憶に新しい。
 このトンデモ発言にはさすがの有権者も「まあ、三原じゅん子だから」と一笑に付したが、しかし、どうもこの神武天皇実在論は、安倍政権の中枢にしかと根付いているようだ。
 たとえば今月、11月3日の「文化の日」を「明治の日」に改称すべしとの運動を展開している「明治の日推進協議会」なる団体が都内で決起集会を行った。同団体の役員名簿には小田村四郎、小堀桂一郎、大原康男、伊藤哲夫、百地章など、おなじみの日本会議系人物がちらつく。その集会に、安倍首相の盟友である古屋圭司自民党選対委員長、稲田朋美防衛相らが参加。稲田は壇上でこう息巻いたという。
「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神だった。その精神を取り戻すべく、心を一つに頑張りたい」(朝日新聞11月2日付)

 ……おいおいマジかよ?と突っ込まざるをえないが、この安倍政権の神武天皇ゴリ推しを“機関紙”の産経新聞もバックアップしている。今年8月には『神武天皇はたしかに存在した』(産経新聞取材班/産経新聞出版)なる書籍を出版。記紀にある日向(現在の宮崎県)から大和(奈良県)までの「神武東征」を追いかけるルポだが、完全に神武実在が前提になっており、置いてけぼり感満載の一冊に仕上がっている。
 しかし、繰り返すが、神武天皇について直接的に伝えるのは記紀だけであり、その記述は完全に“神話”の域を出ないものだ。たとえば「日本書紀」の記述は天地開闢から始まる神武以前が神代、神武以降が人世の歴史とされているが、明治政府は神武天皇即位の年=皇紀元年を紀元前660年とした。実に縄文時代後期である。
 そんな、人々はもっぱら狩猟採集生活で文化といえば土器みたいな時代に、神武天皇は「天下を治めるためには東に行けばいいんじゃないか」と思いついて、大和までの長い旅に出たというのだが、記紀が描く道中の出来事はあからさまに現実味がない。
 たとえば、亀の甲羅に乗った釣り人(地元の神)に明石海峡から浪速までの海路を案内してもらったり、突如、助っ人が神のお告げで天の神がつくった剣を持ってきてくれたり、かと思えば神の仰せで八咫烏が吉野まで先導してくれたり、はたまた天の神がやってきて証拠の宝物を見せて神武に仕えたりと、「史実」とみなすには神がかり過ぎている。
 さらにいえば、神武を含む古代天皇の年齢も解釈に苦しむ。たとえば「日本書紀」によれば、神武天皇崩御時の年齢は127歳で、「古事記」では137歳とある。そんな超長寿なんてありえないだろう。年齢を2で割ると丁度良くなるとする説もあるが、すると逆に皇紀自体がおかしくなってくる。なお、初代天皇となった神武の後を継いだ綏靖天皇から開化天皇までの8人については、なぜか、その実績がほとんど記されていない。この「欠史八代」はあまりにも有名な記紀の謎として知られている。
 結局のところ、神武天皇及び欠史八代は創作で“虚構の天皇”だとするのが一般的な古代史研究者の見解である。では、なぜ安倍政権はいま、こんな神武天皇実在説というトンデモを言いふらしているのか。
 その目的を、前述した稲田朋美の「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神」という言葉が、端的に表している。
 実は、神武天皇の陵墓は、たとえば天武、天智、持統天皇などの陵墓と比べて軽視されており、中世まで始祖として崇め奉られていた形成はほぼない。それが一転、江戸中期の国学を経て尊皇思想の核となり、明治維新は王政復古の建前のもと幕府を転覆させた。ようは、“クーデター”のため「万世一系」たる天皇の権威を超越的なものとして再興し、利用したのだ。
 また、このとき明治政府は、それまで民間信仰であった神道を天皇崇拝のイデオロギーとして伊勢神宮を頂点に序列化、“日本は世界無比の神の国”という「国体」思想を敷衍した。そうした流れのなかで、日本書紀などについて批判的研究を行った津田左右吉に対し、東京地検が尋問を行い、『神代史の研究』など4冊を「皇室ノ尊厳ヲ冒涜シ、政体ヲ変壊シ又ハ国憲ヲ紊乱セムトスル文書」として発禁押収。後日、津田と版元が出版法違反で起訴されるという事件も起きている(佐藤卓己『物語 岩波書店百年史』2巻/岩波書店)。

一方、1945年の敗戦後にGHQが神道指令を発布、国家と神社神道の完全な分離を命じると、津田の学説は学会の主流派となり実証主義的な記紀研究が活性化。その蓄積を踏まえ、今日では神武天皇は実在しないというのが定説となっているわけだが、これを面白く思わないのが日本会議ら極右界隈と、それに支えられる安倍政権だ。
 彼らにとって天皇は「万世一系」でなければならない。それは前述のとおり、日本を万邦無比の「神国」とし、天皇を超越的な存在として再び支配イデオロギーの頂点に置いて政治利用するために他ならない。だからこそ、記紀は史実であり、神武天皇は実在すると主張するのだ。
 すると必然的に、神武天皇は記紀にあるように神話的でありながら同時に存在を認めるという、矛盾めいたことになる。三原じゅん子が「神話の世界の話であったとしても、そう(実在したと)いう考えであってもいいと思う」と池上彰に応答したのはまさに典型だ。ようは政治的な目的ありき。だからこういう発言になる。
 事実、安倍晋三は下野時の2012年、民主党(当時)による女性宮家創設議論および皇室典範改正に反対し、こう述べていた。
「私たちの先祖が紡いできた歴史が、一つの壮大なタペストリーのような織物だとすれば、中心となる縦糸こそが、まさに皇室であろう」
「二千年以上の歴史を持つ皇室と、たかだか六十年あまりの歴史しかもたない憲法や、移ろいやすい世論を、同断に論じることはナンセンスでしかない」(「文藝春秋」12年2月)
 見ての通り、立憲主義もクソもない。こんな人間がいま日本の総理であることにあらためて戦慄するが、一方、安倍のブレーンである八木秀次が天皇・皇后の護憲発言に対して「宮内庁のマネジメントはどうなっているのか」と猛批判したように、実際には、安倍は天皇に対する敬愛などほとんどもっていない。そこにあるのは、天皇の政治利用、もっと言えば、皇国史観と「万世一系」イデオロギーの復活による大衆支配の欲望だけだ。
 そう考えてみてもやはり、わたしたちは表出する神武天皇実在論を笑って済ませておくわけにはいかない。戦前回帰を目論む安倍政権のプロパガンダの一種として、十分に警戒しておく必要がある。
(宮島みつや)




安倍晋三はじめ長州卒族付近
 の怪しい出自の人間に限って。。
  変な新興宗教に憑りつかれるのか


まず。。答えから
 神武天皇の漢風諡号かどうか、
  「初代」は居た。ただ。。安倍政権
   他新宗教人が思い描く「剛腕の帝王」

などではない。

 吉備・出雲はじめ強国に御輿の
  ように擁立された。。大変言い難い
   が「傀儡」の可能性。よって、初代
    以降かなりの代まで世襲など夢の
     また夢ではないか。武帝に非ず!


国連事務総長のような。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

≪初代神武天皇に該当する人物は確かに存在しただろう≫【ただし、強大な征服王ではないと考える】



天皇陵の秘史 江戸幕府による神武天皇陵築造の謎 【歴史人1月号】
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141216-00010001-rekishi-life


奈良県橿原市。。神武天皇陵
 小生もまだ知識の無い頃、この辺りを
  散策してみたことがあるが。。

天皇陵と思われる墳墓や橿原神宮
 確かにこの界隈には何かがあった!

  と思わされたものである。。その後
   神武天皇架空説や欠史8代説や
    10代崇神天皇との同一人物説など
      の存在を知るに至る訳である


しかし、古墳や考古学との関連で
 やはり、初代神武天皇に該当する人物は
  確かに存在した!!と考えるようになった


神武天皇(じんむてんのう、庚午年1月1日 - 神武天皇76年3月11日)は、
日本神話に登場する人物で、日本の初代天皇(古事記、日本書紀による)。
日本書紀によると、天皇在位は辛酉年(神武天皇元年)1月1日 - 神武天
皇76年3月11日とされる。
『古事記』では神倭伊波礼琵古命(かむやまといわれひこのみこと)と
称され、『日本書紀』では神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)、
始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)、若御毛沼命(わかみけぬ
のみこと)、狹野尊(さののみこと)、彦火火出見(ひこほほでみ)と称される
                         (ウィキペディアより)



神武天皇が紀元前660年に即位
 さすがにこれは。。縄文か弥生時代である
  やはり古墳時代に該当の3世紀後半。。
   この時代の人物であろうと思われる


さらに、強大な征服王というイメージ
 これも幕末勤王思想や明治維新前後の
  皇国史観とも関連するのではないだろうか





≪日本の曙!《ヤマト勃興》に関する壮大な推理≫<卑弥呼・邪馬台国は日本ではない>【ヤマト王権は周辺強国により擁立された!!】


小生。。岡山には敏感に反応する
 何もかもに反応ではなく、古墳・遺跡
  古代。。超古代史に関連する事柄に
   である。。
その理由は、岡山=旧吉備

吉備国または吉備王国
 日本古代史のNO1キーマン
  の居城・拠点。。
神々の棲んだ
   偉大なるエリア!
と考えている

 
吉備。。吉備国。。
 古代日本の地方国家。現在の岡山県全域
  と広島県東部と香川県島嶼部および兵庫県
   西部(佐用郡の一部と赤穂市の一部など)

    またがる、有力勢力の一つ。。いや、NO1!


吉備の代表的な古墳
であり、造山古墳群の主墳
 造山古墳 5世紀築造推定
  全長350m 全国4位の
   超巨大前方後円墳である


全国第1位大仙陵古墳(486m) 伝代16代仁徳天皇陵
2位誉田御廟山古墳(420m) 第15代応神天皇陵
3位上石津ミサンザイ古墳(360m) 第17代履中天皇陵


とそれぞれ宮内庁に比定され
 立ち入りが許されず、学術調査も
  行われていない
のに対して

造山古墳は、立ち入りが許される
 全国最大の超巨大古墳なのである


上位3位までの古墳と
 4位の造山古墳、いずれも
  5世紀の築造。。ヤマトは既に
   存在している訳であって。。


全国1位~3位の古墳が
 堺。。羽曳野、いわゆる河内平野

  に存在に比べて、岡山にある4位
   の造山古墳。。9位の作山古墳が
    存在することから。。
古代吉備には
   
ヤマト王権に対抗しうる、拮抗した
 強力な王権(吉備政権)があった
  との見解。。充分に頷ける学説!!


いや、そもそも吉備がヤマトを創った


小生の理解では。。北部九州は
 確かに国内先進国だったが。。
  

主導権は、弥生時代のある時期
 から。。
吉備・出雲をはじめと
  して北陸地方にも移り始めており

   大陸から直接技術や材料を導入する
    力を持ち始めていたと漠然と感じて
     訳なのであるが。。


滋賀県。。近江なら
 その力を持っていたことは
  充分に有り得る!!と考える


全くその通り!邪馬台国畿内説学者
 幅を利かせる考古学・史学界主流派
  は、ヤマトと九州中心で考え過ぎである


鉄器・青銅器・土器
 恐らく、大陸・半島に近い
  北部九州に伝わった


つまり、弥生時代。。紀元前
 には、日本列島内の先進国は
  北部九州だったといえる訳だ


その技術が。。文化が
 次第に列島東部へ伝播
  九州から東北まで普及


この時代が下るにつれて
 紀元前後から西日本・山陰
  同盟が瀬戸内海ルートを
   押さえることにより。。
    また、その他生活文明


諸事情により
 力関係が、北部九州圧倒的
  から、西日本(吉備・出雲)
   へと移って行ったということか


そして、紀元3世紀
 ヤマト勃興となる訳だ


そのヤマト勃興には
 吉備・出雲・畿内・伊勢
  北陸・東海と。。御輿を
   担ぐように、だとのこと


この辺りは、日本の曙
 しかし、ヤマト勃興へ至る
  紀元前後から3世紀の間に
   邪馬台国論争という邪魔が


何故なら、邪馬台国論争
 九州VS畿内、しかし!!
  本当に日本なのか!?


それ以上に重要なことは
 いわゆる邪馬台国時代より
  以前。。紀元2世紀前後なのか
  

西日本(吉備・出雲)が
 超強国として君臨したらしい
  ことも囁かれており。。  


そのインパクトは
 邪馬台国の比ではない
  と充分に考えられる。。
   

女王卑弥呼よりも
 吉備の大王の方が遥かに
  大物ではないのだろうか


邪馬台国を纏向遺跡や箸墓古墳と
 関連付けてしか考えられない畿内説学者
  考古学で幅を利かせる主流派の
   考え方や解釈では。。
まず到底
    この新しい事実を受け止めることは
     不可能であり。。誤った判断が
      横行しないことを祈るばかりである


九州が大陸からの技術導入
 などにより、最先進国だったが

  次第に主導権は、吉備や出雲
   瀬戸内海勢力に移り。。
ヤマト擁立

ここで気になるのは、巷いわれる
 邪馬台国。。そして女王卑弥呼とやら


九州から、吉備・出雲に主導権
 その後。。吉備・出雲・畿内・近江
  伊勢・北陸・東海・そして九州勢力もか


各強国首長たちが御輿担ぐように
 擁立したのが、ヤマト王権だとすれば


例えば。。さらに想像を
 膨らませていけば。。
欠史8代
  
古事記・日本書紀といういわゆる
 日本神話を基礎概念に、系譜は
  存在するがその事績が記されない

   第2代綏靖天皇から第9代開化天皇
    までの8人の天皇、あるいはその時代


初代神武天皇と10代崇神天皇
 を同一人物と断定した上で。。


史学界通説・考古学主流
 が居なかった!とする欠史8代
  2代から9代までの諸天皇あるいは
   ヤマト王権の各倭王たち。。
もしや

各強国首長と関係のある人物!
 もしくは、各首長から擁立され
  その後の10代以降の各天皇
   とは血縁関係がない重要人物?


また、さらには

ヤマト擁立の各強国首長の
 後裔・末裔・親族子孫は。。畿内
  ヤマト周辺で王権に寄り添うように
   暮らした可能性を追究して良い筈だ


ヤマト王権。。初代天皇(大王。。倭王)
 は征服王などではなく、吉備をはじめ
  出雲、東海、伊勢、越、畿内そして九州
   各地の強国に擁立された王だった!と


そして、纏向遺跡が邪馬台国や
 卑弥呼と関連付けられる昨今だが
  纏向遺跡はヤマト王権が置かれ。。
   箸墓古墳は卑弥呼墓でもないだろう





≪卑弥呼墓は、箸墓古墳ではない!邪馬台国は日本には無い≫<日本古代史界には、政治以上のプロパガンダ>【卑弥呼が日本列島の女王。。初代天皇が強大な征服王。。《どちらも違う》】


卑弥呼の邪馬台国が登場する3世紀半ば
 までに、倭国の中心が九州から近畿に移った


これは本当だろうと思っている

ならば。。
奈良桜井の纒向遺跡
 邪馬台国ではなく。。
  ヤマト王権発祥地だろう


邪馬台国は、古くは九州説
 が断然優勢。。しかし、この
  纒向遺跡が逆転HRとなり

   
箸墓古墳を卑弥呼墓として
 畿内、ズバリ奈良を邪馬台国に
  という畿内説が圧倒的に有利に


小生。。以前から
 卑弥呼の墓=箸墓古墳
  に非ず!という見解

   紹介しているが再掲
    したくなってきた

女王卑弥呼が
 統治したとされる
  邪馬台国は何処か


九州説と畿内説が
 大激論・対立してきた

纏向遺跡。。箸墓古墳
 が邪馬台国。。卑弥呼の墓
  という説の登場
により

畿内説が俄然有利になった経緯

しかしながら、
 箸墓古墳を卑弥呼墓
  とする根拠は、極めて貧弱


・この古墳の後円部の直径が『魏志倭人伝』にある
  卑弥呼の円墳の直径「百余歩」にほぼ一致する
・後円部にある段構造が前方部で消失することから、
  前方部が後世に付け加えられた可能性があること
・大規模な古墳の中では、全国でももっとも
  早い時期に築造されたものであること


まず卑弥呼の円墳直径
 百余歩=約150m

日本の円墳で最大級は
 100m程度しかない
  この条件に見合う円墳は
   日本には存在しない


よって、最初の条件で既に
 卑弥呼の墓、邪馬台国ともに
  日本国ではない可能性が出現


ふたつ目の条件
後円部にある段構造が
 前方部で消失を以って、
  前方部が後世に増築された
との説は

無理やり
 箸墓古墳を卑弥呼墓に合致
  させようとしている可能性


そして三つ目の条件
大規模な古墳中、
 全国でもっとも
  早い時期に築造
との説も

卑弥呼の墓は百余歩
 150m近くあれば
  それで済むし、そもそも
   記述が誇張の可能性


九州はじめ日本全国の
 数ある村落のうちの一つ
  邪馬台国の統治者
それを卑弥呼と仮定すれば
 大規模古墳である必要は無い

とすれば。。


纒向石塚古墳、ホケノ山古墳、纒向勝山古墳、
纒向矢塚古墳、神門5号墳、神門4号墳、辻畑古墳
と数多く存在
そしてこの記事の
京都府向日市の国内最古級の前方後円墳
五塚原(いつかはら)古墳も条件を満たしてくる


小生。。3年近く前に
 既に邪馬台国は外国にあった
  可能性を示す説を紹介している


卑弥呼墓の大きさを150m
 としてみた、のは当初の見解
  それでも300mの箸墓古墳では
   あまりに大き過ぎると言ってみた


ところが。。卑弥呼墓の大きさ
 150mもないのではないか?
  とも思えてきた訳である・・・。


それに。。卑弥呼、本当に日本の女王か
 なぜ。。卑弥呼、このような字を充てるのか


中海道遺跡との関連。。
 初めて聞いた遺跡名である


京都五塚原古墳。。何度か取り上げた
 箸墓古墳との類似点?箸墓を卑弥呼墓
  とする前提での議論であるから大いに疑問


ただ。。箸墓のミニチュアという大きさ
 の点では、卑弥呼墓煮より近いと以前
  してみた訳だが。。訂正が必要なのだ


五塚原古墳でも大き過ぎるともいえるのだ


京都向日市の 五塚原(いつかはら)古墳
 小生。。以前にも取り上げたことがあるが
  全長91.2m。。卑弥呼墓のスケールに
   はピッタリである!箸墓では大き過ぎる!!



小生。。。

纏向遺跡や箸墓古墳を

邪馬台国だけに縛り付けてしまって
良いのか、
と素人ながら思ってはいた。


そんな中
現在、ある古代中国原典専門
40年のベテランが著した
書物を読んでいる

その著者が言うには
”邪馬台国”は日本に在らず

日本の歴史界が魏志倭人伝
 の訳を間違えている!!


つまり倭に至る出発点の
 場所から間違えている!!

ということらしい。。。


その本たるや
最初から3分の2ぐらいは、
中国の省や郡の場所がズラリ


さすがに、退屈で
 殆ど全て読み飛ばした

そして、
邪馬台国=倭=倭国 
は 中国もしくは朝鮮半島の根元

現在の中華人民共和国内
か北朝鮮内
だという。。。


あまりきいた事が無い説

このまま読み進んでいて良いのか!

単なる異端者の説ではないのか!


と思っている時に


司馬遼太郎の短編集を買ってしまった

そこで見たものは!


司馬遼太郎は
「倭とか倭国、倭人は中国の
  とある場所であり。。
   倭人とか倭とか呼ばれた場所
    が中国内に存在していた」
らしい

と言っている

既に1970年代に、である


司馬遼太郎が言ったからではなく、
そういう説が古来存在していた訳である


では
何故。。日本の歴史学者や歴史専門家達が大挙して
魏志倭人伝の倭に至る出発点を
間違えて訳してしまったというのか

という疑問も残る。。誰か気付いたはず


例えば、英(米)語や他の欧州語
なら日本の学者も読み慣れている
しかし中国の原典には
馴染みが少ない
のは確かにある


もしも、原典の訳を誰か
が間違えてしまい。。。

慣れない原典をあたらずに、
その訳を元に議論が極めて永年白熱
それならば、如何に方角・距離を
あらゆる角度から検証し直しても

・・・・・半永久に倭には到達出来まい

まだ、極めて不確かながら

邪馬台国という概念を。。。

・・・日本の歴史から削除しなければならない


となれば歴史学史上でも群を抜く大事件である!!が。。。


まず卑弥呼墓の円墳直径
 百余歩=約150m


日本の円墳で最大級は
 100m程度しかない
  この条件に見合う円墳は
   日本には存在しない


としてみた、小生の見解を訂正である

古代中国の一歩を。。1.4m程度と換算
 しかし、古代の中国の単位は同じ歩でも
  殷・周・秦・漢・魏・晋。。正に百変化に
   近い伸縮具合なのであり。。
要は

小生、古代史研究家の如く上手く
 綿密な論理では言えないのであるが

長里と短里、1歩=1.4mは長里であり
 短里とするならば。。0.3m程度なのだ


と、すれば!!卑弥呼墓は
 30m程度の円墳だったと考え直すべき!!


そして、従前従来から言っているように
 古代史。。いや考古学界は弱小学界である
  戦前は、皇国史観・軍部プロパガンダの前に
   正に完全に息を潜めざるを得なかったのであり


戦後ですら、やはり革新的な論述は
 避けているのが明白なのであり。。いや
  学界の構成員、史学・考古学者の中での
   右派の力が強いように思えてならない


それが、真相追究の道をより狭め遠ざけた


実際は、もう4年以上前の見解ではあるが
 日本考古学界。。弱小であり、戦前は勿論
  戦後も長らく、監視下。。皇国史観や国粋
   主義者等の目を気にして、いや今もだろう


邪馬台国や卑弥呼。。そして特に
 日本神話などは絶対に軽視出来ない
  唯一の国史。。史書であることを抜きに
   しても、顔色を窺わざるを得ないはずだ


歴史学界・考古学主流派
 邪馬台国畿内説学派の歴史家
  は、邪馬台国を纒向遺跡に。。
   箸墓古墳を卑弥呼墓に結び付け
    たがる傾向が強いのであろうが


どう考えても無理があり過ぎる訳だ


日本神話も、無視すれば文献が無く
 なってしまうが。。参考程度にすべき


そして、邪馬台国・卑弥呼のことは
 日本列島超古代の概念から除去必要


小生の理解では。。北部九州は
 確かに国内先進国だったが。。
  

主導権は、弥生時代のある時期
 から。。
吉備・出雲をはじめと
  して北陸地方にも移り始めており

   大陸から直接技術や材料を導入する
    力を持ち始めていたと漠然と感じて
     訳なのであるが。。


ならば。。邪馬台国も中小の勢力
 に入ることにはならないかね?

邪馬台国が日本列島を代表する
 首都であったという解釈が間違っている


吉備・出雲。。ひょっとして九州も
 近江・越(北陸)・東海・伊勢・畿内

 
各強国が神輿を担ぐように
 擁立勃興したのがヤマト王権であり


ヤマトの王。。倭王・大王は、長い間
 擁立してもらった強国各帝王たちに
  遠慮しなければならなかったのでは?

 
よって、初代倭王から
 数代。。欠史八代含め10代まで?いや
  それともそれ以降、10数代大王(天皇)まで
   世襲を許されなかったのは充分に頷ける話


歴史学界主流派から。。その手の
 話が出てきたのを聞いたことが無い


ヤマト王権が、強力な指導力を発揮
 し始めるのも。。歴史学界主流派が
  述べる見解よりもすっと後年だった


と考えて問題無いと思うのである


纒向遺跡は邪馬台国ではない
 箸墓古墳は、卑弥呼墓ではない

  ヤマト王権発祥の地が纒向遺跡
   これなら、納得も出来るというもの


ならば、箸墓古墳は初代倭王
 即ち、初代天皇墓ということなのか


違うと思えてならない
 皇国史観によって、またそれに
  抗えない古代史・考古学界
   による扇動・プロパガンダだ!


ヤマト擁立の各強国の最右翼
 キングメーカー吉備の大王墓に決定


では。。初代神武天皇はどういう人物
 だったと考えれば良いのだろうか。。

  恐らくまだまだ実権など皆無に等しく
   キングメーカーたちに気兼ねするような





≪邪馬台国畿内説学派が唱える。。箸墓古墳=卑弥呼墓説は、益々遠のいた≫<古代史には。。現代日本政治よりも、遥かに複雑・重厚な壁>【卑弥呼墓は。。今言われる古墳では、どれもデカ過ぎる!】


奈良県桜井市
 箸墓古墳。。全長278m
  超巨大前方後円墳であるが
   さらに大きくなる可能性
    全長300mに達するのか


小生、付近一帯を
 巡回して回ったことがある
  巨大古墳が点在する近隣
   しかし、箸墓古墳の姿は
    他の古墳とは、全然違った


池。。ため池?とにかく水辺が
 そこに浮かぶ島のような趣で
  姿・形が美しかったのは当然
   風格のようなものを感じた訳で


辺り一体の桜井や天理
 の巨大古墳を従えるような
  そんな雰囲気すらあった。。


5世紀の超巨大古墳
 伝仁徳天皇陵や応神天皇陵
  などの古墳最盛期とは
   時代も意味合いも全く違う


箸墓古墳の被葬者を
 邪馬台国畿内説の学者連は
  卑弥呼をヤマト王権に直結
   させて、そのけん引役に
    見立てようと躍起になるが


小生。。絶対に違うと考える

考古学研究会のセミナー
 に参加したときのことである


岡山県。。古代旧吉備国
 2世紀の楯築遺跡に注目すれば
  

桜井の箸墓古墳は
 この楯築遺跡の特徴を色濃く継承
  吉備の王との繋がりを権力基盤に

   という学者の説明をきいた訳で

そのヤマト王権勃興には
 吉備・出雲・畿内・伊勢
  北陸・東海と。。御輿を
   担ぐように、だとのこと
    なのは既に解明済みである


小生。。想像するに
 初期ヤマト王権の長。。倭王
  つまり、呼称は無かったにせよ
   天皇は、御輿のように担いだ
    各強国の王たちには、気兼ね
     現在の国連事務総長のような
      そういう存在ではなかったか


各強国の。。今で言う米・欧・ロ
 とりわけ、超強国の米国的存在
  それは恐らく。。いや確実に
   吉備。。もしくは吉備王権勢力


箸墓古墳クラスの超巨大墳墓
 築造には、数百万人から1千万人
  動員して、築造期間20年ぐらい
   は必要だったのでは、という試算


卑弥呼墓。。百余歩・・150m未満
 シャーマン的存在の30余国。。このクニ
  は村落といって言い訳で、日本の王
   とは考え難く。。卑弥呼では絶対無理


初代倭王(天皇)でもそれは困難で
 もっと、大物だったと考えた方が良い


間違い無い!初代倭王を生み出した
 超古代版治天の君。。ホントの倭王
  吉備の大王と考えた方が自然である


現代日本政治などよりも
 遥かに複雑かつ重厚な壁が
  存在する日本古代史・考古学


今後もさらに一層研究が必要な
 小生ではあるが。。現時点では
  優勢な邪馬台国畿内説学派が唱える
   箸墓=卑弥呼墓説には賛成出来ない


弥生時代の北部九州から
 日本の主導権・・”首都”は
  中国・山陽地方に遷り。。

   この件は、『神武東征神話』
    『邪馬台国東遷説』とも符合する


日本の神話は8世紀の編纂。。
 ヤマト勃興は3世紀の話である

  口頭伝承の最長期間は400年
   程度という説もあるにせよ。。


また、神話編纂者がヤマト王権発祥
 の逸話などを絶対に知らないにせよ

  やはり見事と言わざるを得ない訳だ




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日本の初代天皇は強大であって
 欲しい、という気持ちは解らないではない


しかし、一般人ではなく
 一国の政権人が妄想とすれば話は別


新興宗教に取り憑かれたり
 ありもしない妄言を喧伝するならば
  北朝鮮以下と断じざるを得ない訳だ





天皇の生前退位で右派が内ゲバ! 小林よしのりは日本会議や渡部昇一に「天皇を奴隷化する国賊」と激烈批判
http://lite-ra.com/2016/08/post-2509.html

天皇の「生前退位」の意向を受け、「保守派」と呼ばれる人たちの間で“大分裂”が勃発している。
 本サイトでもレポートしてきたが、まずは7月、天皇が「生前退位」を希望しているという情報が公になって以降、安倍政権を支える「日本会議」界隈を中心に、反対の大合唱が起こった。
 たとえば、日本会議副会長の小堀桂一郎氏は〈事実上の国体の破壊に繋がるのではないかとの危惧は深刻〉(産経新聞7月16日付)などといい、日本会議理事の百地章日本大学教授も朝日新聞など各媒体で「摂政を置けばすむ」「皇室典範改正は一時的なムードや私的感情だけで結論を急ぐようなことは慎むべき」という“生前退位反対論”を繰り返し主張している。
 これはつまり、「現人神」たる天皇を頂点とする国家神道のイデオロギーを利用した大日本帝国価値観の復権を狙う極右界隈から見れば、天皇は「生涯在位」でなければならず、皇室典範の改正、ましてや「生前退位」などもってのほかというわけだが、しかし、保守派のなかでもこうした“反対論”を真っ向から批判している人たちがいる。
 その代表例が、漫画家の小林よしのり氏だろう。よしりんは「週刊ポスト」(小学館)8月19・26日合併号によせた「ゴーマニズム宣言スペシャル 生前退位論」のなかで、〈政府は速やかに皇室典範を改正し、陛下のご意向を叶えてあげてほしい。それが常識ある国民の願いなのだから〉としたうえで、このように論じている。
〈天皇や皇族の方々は、国民が持つ「基本的人権」のほとんどが奪われている。移動の自由、転居の自由、思想信条の自由、表現の自由から選挙で投票する自由まで、我々が持っている自由のほとんどがない。
 天皇は国民ではないのだ。見ようによっては、天皇は国民の奴隷ではないのか? 
 天皇は民主主義の「自由」と「平等」という価値に反している。よってリベラル知識人の中には天皇を「被差別者」と見て、「天皇を開放すべきだ」という意見を持つ者もいる〉(引用者の判断で改行を改めた。以下同)
 そして、前述の百地氏のほか、渡部昇一上智大学名誉教授、加地伸行大阪大学名誉教授、大原康男国学院大学名誉教授、八木秀次麗澤大学教授らを名指しするかたちで、生前退位反対論者たちを痛烈に批判するのだ。

〈現に見よ! 自称保守派の者たちは、82歳の天皇の「退位」の自由すら妨害しようとしてるではないか! 彼らは天皇陛下を敬愛してはいない! 天皇の「自由意志」を封殺したがる。その根拠はなんなのか?
 彼らが天皇よりも自分たちが上だと思い込める原因は、実は憲法の「国民主権」にある! 自称保守派は、「国民主権」の名のもとに完全に天皇を奴隷化している!〉
「原因は憲法の国民主権である」という主張にはまったく同意できないが、よしりんの憤慨それ自体はもっともだ。実際、生前退位反対論者の言い回しは、明らかに天皇の人権を無視しまくったものばかりだからだ。
 たとえば加地伸行氏は、「WiLL」(ワック)9月号に「『生前退位』とは何事か」なるブチ切れ気味のタイトルの文章を寄稿。恫喝的な口調でこう捲くし立てている。
〈両陛下は、可能なかぎり、皇居奥深くにおられることを第一とし、国民の前にお出ましになられないことである。もちろん、御公務はなさるが、〈開かれた皇室〉という〈怪しげな民主主義〉に寄られることなく〈閉ざされた皇室〉としてましましていただきたいのである〉
 ようするに、“天皇はしゃべるな。皇居に閉じこもっておけ”ということだが、これは明らかに今上天皇が考え抜いてきた「象徴天皇」のあり方を全否定するものだ。今上天皇は8月の「お気持ち」ビデオメッセージのなかで、こう語っていた。
「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行おこなって来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」
 ところが、加地氏をはじめとした保守派の生前退位反対論者たちは、この天皇の「お気持ち」とは真反対のことを唱える。
〈何よりも留意せねばならないのは「国事行為」や「象徴としての公的行為」の次元の問題ではなく、「同じ天皇陛下がいつまでもいらっしゃる」という「ご存在」の継続そのものが「国民統合」の根幹をなしていることではなかろうか〉(大原氏、前掲「WiLL」9月号)
〈天皇陛下は、ご自身が在位されることで迷惑を掛けるとお思いであると拝察するが、国民の一人としては在位して頂くだけで十分にありがたいという気持ちである〉(八木秀次氏、「正論」9月号/産経新聞社)

さらに、渡部昇一氏にいたっては、「生前退位」に反対しながら、この流れのなか巷間で再浮上してきた「女系天皇・女性宮家」論を牽制するかたちで、こんなことまで述べている。
〈皇室の継承は、①「種」(タネ)の尊さ、②神話時代から地続きである──この二つが最も重要です。
 歴史的には女帝も存在しましたが、妊娠する可能性のない方、生涯独身を誓った方のみが皇位に就きました。種が違うと困るからです。たとえば、イネやヒエ、ムギなどの種は、どの田圃に植えても育ちます。種は変わりません。しかし、畑にはセイタカアワダチソウの種が飛んできて育つことがあります。畑では種が変わってしますのです〉(前掲「WiLL」9月号)
 人間を「種」とか穀物に見立てる感性はあまりにも下衆としか言いようがない。結局、彼らの本音は「万世一系が揺らぐようなことがあってはならない。それだけを考えればいい」(渡部氏)というものなのだ。
 よしりんが怒りを爆発させるのも、こうした、天皇の「お気持ち」など全く考えず、ましてや自分たちの偏狭なイデオロギーのために正面から踏みにじるような論調が、保守派のなかで跋扈しているからなのだろう。よしりんは自身のブログでも、立て続けにこう批判している。
〈日本会議は天皇陛下を奴隷と思っているのか? これほどまでに「尊皇心」をなくすとは、極左以上! 日本会議は国賊集団である!〉
〈そもそも「日本会議」には尊皇心のひとかけらもない。125代にわたる天皇の一人ひとりを敬愛する気持ちなど全然なくて、男系血脈というY染色体を崇拝しているのである。そんなものは単なるカルトであって、日本人の伝統ではない〉
 ところで、読者諸賢のなかには、本来天皇を敬っているはずの「保守派」の人たちが、こうしてバラバラになっているのを不思議に思う向きがあるかもしれない。だが、とりわけ皇室論議をめぐっては、昔からこうした“内ゲバ”は日常茶飯事だった。昨年、脱右翼を宣言した民族派団体・一水会の木村三浩氏が、かつて刊行されていた雑誌「宝島30」(宝島社)で、「保守派」あるいは「右翼」と呼ばれる人たちの皇室に対する姿勢の違いをわかりやすく分類している(1994年1月号)。
 1つ目は、〈天皇陛下と皇室の尊厳は絶対である。たとえどんな形態になろうとも、陛下御自身が選ばれた道なのだから、最後まで忠誠を誓ってついていこうという立場〉であり、これを「尊皇絶対派」と呼ぶ。
 2つ目は、〈天皇陛下が自ら選ばれたことでも、それが伝統と大きくかけ離れているとすれば、諌めて正すべきだという考え〉だ。これを「諫言・諫諍派」あるいは単に「諫言派」と言う。
 そして3つ目が、〈一生懸命に諫言しても、聞き入れていただけなかったらどうしたらいいのか。天皇陛下の御意志についていけない〉という考え方で、これを木村氏は儒教で君主を変えることを意味する「放伐」に近い、と語っている。
 この分類で考えると、“天皇を皇居に閉じ込めろ!”“摂政を置け!”と主張する加地氏らは「諫言派」あるいは「放伐派」となり、反対によしりんは「尊皇絶対派」ということになるだろう。

だがまあ、本サイトとしては、今回の天皇の「生前退位」をめぐって、保守派がそうした思想分類すら当てはまらない“大混乱期”に移行しているのが興味深いところだ。
 櫻井よしこ氏などその典型だろう。櫻井氏は産経新聞8月9日付で、「お気持ち」のビデオメッセージについて語っているのだが、その内容は〈多くの国民の共感を呼ぶ〉〈個人として話されたことであるが、軽んじてはならない〉と、天皇の意向を大事にせねばならないという口調の一方、こんな意味不明な読解をもってして皇室典範改正や生前退位に反対している。
〈今回の事柄を、現行の皇室典範の枠の中で改定することを否定されていることも感じた。国民の側としては、よくよく考えなくてはいけない〉
〈政府は、悠久の歴史を引き継ぐ、ゆったりと長い大河の流れを見るようにして、このたびのお言葉について考えなくてはならない。軽々な変化は慎むべきだ〉
 この人はパラノイアなのか?とつっこまざるをえないが、実は、こうした詭弁が前述した御仁たちも含めてかなり見受けられるのだ。
 その最たるものが、産経新聞のオピニオンコラム「産経抄」だ。NHKが天皇の「生前退位」の意向の第一報を報じた翌々日にあたる、7月15日付「産経抄」では、〈責任感の強い陛下は、何より公務の削減にもどかしさを感じられているようだ。皇后さまと、ゆっくり過ごしていただきたい。心から願うとともに、もう一つの思いも消えない。たとえ公務がかなわなくなっても、天皇陛下のままでいていただきたい〉と、退位に否定的だったにもかかわらず、「お気持ち」のビデオメッセージ公開翌日の8日9日付では、前言を翻してこう述べている。
〈昨日の午後、ビデオで表明された「お気持ち」を聞いて、大いに反省した。なんとも、甘ったるいことを書いたものだ〉
〈皇室典範に規定がない「生前退位」の実現までには、課題が山積している。陛下はそれを十分承知の上で、心情を打ち明けられた。日本と皇室の未来のために知恵を絞ろう。国民はこれまで両陛下に甘えすぎていた〉
 この“転向”はなぜか。察するに、この産経抄の前日(6〜7日)に産経とFNNが合同で実施した世論調査が関係しているのではないか。
 本サイトでもお伝えしたが、フジ産経はこの世論調査で、“「生前退位」が可能になるように制度改正を急ぐべきか?”という趣旨の質問をし、70.7%の同意の回答を得ている。問題はその直後、こんな設問を置いていたことだ。
〈今後、天皇の「生前退位」が可能となるように、憲法を改正してもよいと思いますか、思いませんか〉
 何度でも指摘しておくが、「生前退位」を可能にするためには皇室典範を改正すればよい。そして、皇室典範は一般法だ。つまり、憲法改正はまったく必要ない。にもかかわらず、産経は恣意的に設問を置いて、なんと「思う」に84.7%も誘導したのである。完全に「生前退位」の議論を改憲に援用するためのミスリードだ。

まったく詐欺としか言いようがないが、しかも、恐ろしいのは、永田町でも憲法第5条に「生前退位」に関する文言を挿入しようという計画が浮上しているとも漏れ伝わってくることだ。ようするに、安倍政権は大真面目に「生前退位」を改憲のために政治利用しようとしているのである。
 これはもはや、先の分類における「諫言派」とか「放伐派」とか、そういう次元を遥かに超越している。いわば、「積極的政治利用派」とでも言うべき考え方が、いま、保守派のなかで蠢いているのだ。
 もちろんそのためには、表向き天皇の「お気持ち」に賛同し、そして内心では裏切る様々な具体的手段を講じる必要がある。前述した櫻井氏や産経抄は、まさにそれを地でいっているというわけである。
 その意味において、われわれは「生前退位」をめぐる保守派の“内ゲバ”を、全然笑ってみているわけにはいかないのだ。むしろ、国民世論に配慮しながら、日本会議など極右支持勢力にもいい顔をしなければならない安倍政権の性質を考えると、現実的な落としどころとして“「生前退位」を実現する代わりに、なんらかのかたちで改憲につなげる”というシナリオはかなり可能性が高い。
 もしかすると、国民は天皇の「お気持ち」以上に、これを改憲イデオロギーに利用しようとする連中の“策謀”に気を払わねばならないのではないか。そんな気がしてならないのである。
(編集部)



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≪安倍政権は保守ではない、しかも安倍総理は政治家でもない≫<国会議員を政治家と解釈すれば間違う>【官邸官僚・首席総理秘書官が全てを操る】


保守界隈なる方々の天皇に対する
 非尊敬っぷりには驚かされるばかり。


保守界隈とは、日本会議のことか
 いや、日本会議とは正式には
  日本青年協議会(現・日本協議会)
   が本体と考えて良いらしいのである

  
日本会議
「右派」「保守系」「民族主義的団体」「ナショナリスト組織」
  と日本の国内外で報道・分析されている。が、しかし


彼らは単に改憲勢力、保守でも右翼でもない







≪天皇皇后両陛下の思いをないがしろにする、首相安倍晋三≫【近代保守。。戦後日本保守の風上にもおけん!やはり辞めて貰わねば】



皇后美智子さま 首相が女性宮家創設を白紙に戻したことを憂慮  2014.06.07 16:00
http://www.news-postseven.com/archives/20140607_259776.html


小生も引っかかった。。典子女王の発言
 天皇皇后両陛下には、やはり何か
  憂慮される事柄がおありだったのか


小生。。女性宮家。。さらには
 女性天皇全く構わないと思う

  
何故ならば。。近代天皇家(皇室)
 側室から云々、いろいろあっただろう

  しかし、戦後天皇家・皇室。。正に
   テレビ・マスコミの注目の中。。


理想的。。国民の鏡となる家庭像
 これを体現されているのが皇室・宮家


皇室の親王・内親王。。
 宮家の王・女王。。
  がその家を継がれる
   これが大事なのであって。。


たとえば
天皇皇后両陛下の間に
 幸せながら。。皇太子殿下もおられる

  しかし、皇太子ご一家の内親王が
   天皇皇后両陛下の直系として
    皇太子殿下の跡を継がれる
     全く以って当然だと強く思う




『そして両陛下が心を痛められている“皇族の減少”への対策については、

《この状況の中で戦後、皇籍離脱した十一宮の中から、適当と思われる方に皇籍に復
 帰していただくことも検討してもいいと思います》

《すでに国民に広く親しまれている三笠宮家や高円宮家に、旧宮家から男系男子の養
 子を受け入れ、宮家を継承していく方法もある》

 と、どこか現実味を帯びない内容に終始するのみで、両陛下のお気持ちはないがしろ
 にされたままだった。

 それから1年半の歳月が経ったが、いまだ安倍政権が皇室典範改正に着手する動き
 は見られない。そんななか、発表された典子さまのご婚約。

 「もちろん典子さまは女王で内親王ではありませんから、野田政権が2012年10月に
 示した女性宮家の対象とはなりませんが、美智子さまとしては、典子さまが皇室を離
 れるお姿を間近でご覧になることで、将来の皇室への憂慮をさらに深められたと思い
 ます。これからひとり、またひとりとご結婚で皇室を離れていかれるわけですから」
 (宮内庁関係者)

 皇室ジャーナリスト・神田秀一氏もこう警鐘を鳴らす。

 「これから10年間に、次々とご結婚される女性皇族が出てくると思います。愛子さま、
 真子さま、佳子さまも皇室典範の改正が行われなければ、みなさま、典子さまと同
 じように皇室を出られるわけですから。本当に皇居に悠仁さまがひとりぼっちになっ
 てしまうという可能性があるわけです。だから一刻も早く、皇室典範改正の議論を再
 燃させなくてはなりません」』



養子じゃダメなんだ!
 旧宮家といっても、血が薄い
  現代日本皇室こそ血が重要だ


皇室と相容れぬ考えを持つ
 安倍晋三首相。。単なるタカ派
  の政治屋であり
・・・保守にあらず




【皇室を奉じる真の保守ではなく、昭和維新回帰】<靖国神社の変質>≪明治大帝~昭和天皇・今上天皇のご意思に背く安倍晋三≫

安倍晋三は保守
 などでは絶対にない


日本の保守とは
 270年近く続いた
  将軍=外様幕藩体制
   の終焉を受けて

明治新政府が発足
 ただ。。幕藩体制も
  元はといえば

戦国時代の下克上により
 成り上がった武将による
  体制であり、長年経て
   お上となったものである

幕藩体制終わり大政奉還
 皇室を奉じて
  明治天皇を頂いて


実際の執行部は
 幕藩体制でも、下級武士・下級公家
  が中心の新政府。。それも長州藩閥


戦国時代以上の
 成り上がり政府でもあった


明治以降近代日本保守
 戦後日本保守は、皇室を奉じる


A級戦犯合祀の靖国神社参拝
 といい。。安倍晋三という議員は
  保守とは絶対に言えない訳であり


皇室の意思に歯向かい
 正に国賊であり
  保守などでは絶対になく


タカ派標榜。。明治以来広義の
 軍国主義ではあるが。。
  国粋主義・皇国史観・国家神道
   極まる
昭和維新への回帰を狙う

安倍首相を政権に就けた
 自民党員の判断。。それ以上に
  自民党に多数議席与えた


国民・有権者の判断は
 民主主義の主権者の資格無く
  日本列島人の意識改革こそ
   必要であり、大いに反省求む


小生。。引き続き安倍政権打倒に
 全力投球する所存であるのは当然だ


今現在、少し訂正したい。大切なこと
 安倍晋三総理が首魁ではない、訳だ

日本会議(日本青年協議会)の政策
 を丸飲み。。安倍政権は日本会議に
  支配されている、ともいえそうだが・・。


それも違う!安倍総理・安倍内閣
 そして安倍政権は看板に過ぎない


官僚機構。。そしてそれを束ね。。
 日本会議の要求を受け入れ、そして
  大事なことは財務省や外務省・経産省


つまり官僚機構とタッグで
 政務首席総理秘書官が全て担うのだ




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

≪安倍政権を操る官邸官僚・官僚機構と日本会議の狙い≫<憲法9条ではなく緊急事態条項>【これぐらい、と絶対に騙されてはいけない】



憲法改正項目、緊急事態条項など軸に
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS10H8F_Q6A710C1PE2000/

具体的な憲法改正項目として与野党間で議論が進みそうなのが大災害時などの対応を定める「緊急事態条項」を設ける案だ。公明党や民進党にも必要性に理解を示す声があり、与野党間での合意が得やすいとみられるためだ。自民党草案に盛り込んでいる憲法9条の改正は困難な情勢だ。

 緊急事態条項は大規模災害や武力攻撃を受けた際、国が素早く効果的に対応するため、一時的に内閣の権限を高め、個人の権利や自由を制限したりできる…



比較的与野党で同意が得られそうな
 という大手紙他大マスコミ論調が目立つ


しかし、とんでもない!政府の圧力か!





国家緊急権

戦争や災害など国家の平和と独立を脅かす緊急事態に際して、政府が平常の統治秩序では対応できないと判断した際に、憲法秩序を一時停止し、一部の機関に大幅な権限を与えたり、人権保護規定を停止するなどの非常措置をとることによって秩序の回復を図る権限





≪日本政府=官僚機構が操り、日本会議の政策を飲む安倍政権≫<緊急事態条項・家族条項>【彼らが目指すのは、戦争に向かって一丸となる国】


晴耕雨読
http://sun.ap.teacup.com/souun/20427.html

「日弁連での講演の「おまけ」部分:内田樹氏」  その他
https://twitter.com/levinassien

日弁連でやった講演の記録のその最後の「質疑応答部分」だけ「立ち読み」公開します。それでも十分長いですけど。http://blog.tatsuru.com/ どぞ。



今行われているすべての制度改革は、改憲も含めて、
すべて「ありえない経済成長」のためのシステム改変なんです。


「日本のシンガポール化」です。

シンガポールの人には申し訳ないのですけれど、シンガポール
という国は全く資源がないわけです。都市国家ですから。資源
がない。土地もないし、水もないし、食べ物もない、自然資源も
ない。何もない。生きるために必要なものは全部金で買うしかない。

だから、国是が「経済成長」になる。経済成長しなければ飢え死に
するんですから、必死です。全国民が経済成長のために一丸とな
る。だから、

効率的な統治システムが採用される。一党独裁だし、治安維持法
があって令状なしに逮捕拘禁できる、反政府的な労働運動も学生
運動も存在しないし、反政府的なメディアも存在しない。そういう
強権的な社会です。日本もそういう社会体制にすれば・・・。



一党独裁

治安維持法
があって令状なしに逮捕拘禁できる

=今その社会目指す

反政府的な労働運動も
学生運動も存在しないし、

反政府的なメディアも存在しない


今の日本、背後に日本政府が
 控えて操る安倍政権は。。正に
  この状態を目指しているように・・・。




≪参院選で『改憲4党』で2/3確保!≫<これは「官報複合体の目論み」で安倍政権と改憲党を勝たせるために>【テレビでは参院選を取り上げなかったからだ】
 

まず。。改憲4党で2/3という参院選
 この決定的焦点に、有権者が気付かず
  投票に赴いた可能性が極めて高いのだ


テレビでは、都知事選ばかりに焦点
 参院選の扱いが殆どと言って良いほど
  無かったのにはびっくりしたし、極めて残念


ただ。。ネットでは新聞系はじめ大マスコミ
 は改憲勢力云々に触れてはいた。。
が!
  国民に広く拡散するのはやはりテレビだ


あと、もう一つ言えることは
 改憲というと、我々普通の日本国民は
  すぐに憲法9条改正を思い浮かべるが

   自民党とその背後勢力(日本会議)の
    狙いは、最終9条改正とはいえ、まずは
     戦争可能な国になるための外堀埋め・・。



党議拘束を前提とした「数の論理」でよいのか
 確かにそうだ!自民党にも様々意見がある
  無ければオカシイ!他党・野党も当然である


憲法に対するスタンス。。改憲と一口に
 言っても条文それぞれに様々な見解がある
  一見改憲派でも9条改正に反対もあるし
   一見護憲派に見えても実は会意見派もある


2/3を占めたという見出しは虚しく見える

安倍政権と自民党の改憲。。結党自体
 憲法改正を党是、であるから当然だが
  いきなり憲法9条改正はいくら何でも無茶

   背後の日本会議は緊急事態条項と家族
    尊重条項をまず狙いとし照準絞る訳である



緊急警告012号 自民党改憲草案「家族条項」の危険性

自民党改憲案「家族条項」の真意は?



それを知ったうえで、今回の参院選
 テレビがなぜ参院選に焦点あてなかったか


政府=省庁と、官邸官僚=影の総理
 が目論み、新聞・テレビの大マスコミ
  がそれに応えて国民を騙し攪乱する


官報複合体が機能しているのは確実


安倍政権というが。。官僚機構から
 派遣される首相秘書官と各省庁
  の連係プレーということ、
安倍首相が
   そういうことに長けている印象無し


プロンプターの文字の大きさ
 に注文つける?そりゃそうだ
  読めなかったら大変なことだ


しかし、絶望的な日本
 その政治状況こそが破滅的

  政権与党など。。どこが
   なっても大差ない、ともいえる


昭和までの自民党は、古いこともあるし
 他の政党が存在しないことにも免じて
  敢えて言わないことにしよう。。
が!!

竹下内閣時代には崩壊の兆し
 があったかも知れない!とだけ・・。

そこから坂道を転げるように。。
 仮にも、政治プロパガンダの象徴
  内閣総理大臣の地位は墜ちに堕ち


ついに、1993年自民党が結党以来
 初の政権からの転落を喫する訳だが

  ここから「表向き連立政党政治」が始まる

自社さ連立。。ここで自民党はまず
 別の政党に生まれ変わった!
実は
  その前、リクルート事件で自民党は
   既に役割を終えていたが。。
無理に延命

決定的なのは、自民党=麻生太郎内閣を
 NO!といって。。衆議院120議席にまで
  落ちに落ち、その後安倍晋三カムバック
   総裁の下、290余議席にバブル増大議席


これでザックリ!アバウト!170人の新人
 ばかりの別政党になってしまったということだ


現第三次安倍政権も、官僚機構が企画
 大新聞・大マスコミが扇動提灯御用報道で
  強い内閣を演出しているが。。官僚が梯子
   を外し。。大マスコミが提灯報道止めれば
    悪夢の民主党内閣以下になる!ということ

日本のメディアの許し難い報道は戦犯もの
 しかし、それに騙される国民も悪いのは自明


自民党中心に、維新の党の橋下徹配下
 それに民主党も例外ではなく。。
官僚機構
  のタカ派や増税推進派、それに原発推進派
   が手を突っ込んで操っている疑いが消えない


といって、維新のリベラルとか
 僅かに存在の自民リベラルには

  官僚機構の穏健派が手を突っ込み
   レクチャーしている可能性すらある!





≪第二次安倍晋三政権発足以降のこの3年半≫<息苦しく欺瞞に満ちた隠蔽・扇動体質。。これが崩壊しない限り>【官報複合体=淵源は民主党内閣時代】



木村草太の憲法の新手(36)「安倍首相ラジオ事件」 出演拒否、情報の多様性失う
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=178775



改憲。。ひとことに言っても
 憲法9条改正へは一足飛び
  に突入はいくらなんでも無理


外濠埋めに、いや本丸以上に
 危険な
緊急事態条項と家族条項


この安倍政権の目下の標的は
 日本会議=日本青年協議会
  そして日本政策研究センター
   が練り温めてきた政策そのまま


ベストセラー『日本会議の研究』著者に聞く その怖さと強さの秘密

政策は日本会議周辺のもの
 しかし選挙で多数派は創価票
  マスコミ使い国民洗脳・隠蔽は
   官報複合体が作動して列島蹂躙



日本政府が操る安倍政権
 が目指すのは、
経済成長に
  一丸となるシンガポールとは
   似て非なるものではないのか


戦争に向かって一丸となる国家作り


緊急事態宣言。こんな権限を
 総理大臣如きに与えるなど考えられない


今や「派閥の論理」で決定すら怪しい
 自民党総裁が横滑りの総理になど。

ならば、国会議員は立法=議決要員
 にのみ参画、総理・閣僚への就任禁止だ。

が尚、総理に巨大権限付与など無理である

緊急事態時憲法秩序を一時停止。
大日本帝国では現人神が保持した権限。

それを、米仏露大統領とも欧州首相・宰相
 とも違う、
凡人国会議員・内閣総理大臣如き
  に
何故そんな大権を与えることが出来るのだね?




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安倍総理及び安倍政権と日本会議
 周辺界隈は、
保守でも右翼でもない
 
戦争時日本政府と軍部中核の信奉者
 天皇と皇室を蔑ろにする国賊なのである


晴耕雨読
http://sun.ap.teacup.com/souun/20535.html

「保守界隈なる方々の天皇に対する非尊敬っぷりには驚かされるばかり。:名もなき投資家氏」  天皇と近代日本
https://twitter.com/value_investors

ネトウヨ界隈のまとめサイト見たけど「天皇のお言葉には一言も生前退位なんて書かれてない。左翼がやめさせたいだけだ」というような書き込みを多数発見。

やはりこいつら天皇のこと全く尊敬のかけらもないんですね。

この界隈は誰も天皇の体を真剣に心配してない模様 

本当の天皇原理主義者なら天皇が白いものを黒と言ったら黒と答えるし、天皇の言葉を忠実に実行する。

今回の発言も真摯に受け止めるでしょう。

しかし、天皇の権威を利用したいだけの界隈は、天皇がなくなるまで天皇をやらせて、言葉は無視し、その権威を利用しようとする。

>やがて空は晴れる...。 天皇陛下のお言葉へのコメントを発表した安倍首相の去り際の不敬な態度。本当に天皇陛下のお言葉に対して尊敬の念があるなら、自分のコメント後、深々と頭を下げても良いと、私は思うが。。。 https://t.co/DUBKiQwdFF

>やがて空は晴れる...。 安倍晋三首相と第3次安倍再改造内閣の閣僚のうち10人が、2014年に自民党本部から受け取った政党助成金を使い残し、計約7000万円も「基金」としてためこんでいたことがわかりました。 https://t.co/ANhJHklH3J

税金を溜め込んで自由に使っていいなんて、お偉いさんはいいお小遣いもらってるんですね(^^)

【第3次安倍再改造内閣】

きゅうりは「96%」の「水」

人体は「60%」の「水」

内閣閣僚は「70%」の「日本会議」

内閣閣僚は「95%」の「神道議連」 でできています

国民の「95%」が神道の信者というのは聞いたことないけど、 内閣の閣僚は「95%」が神道議連だなんて凄いよね

報道自由度も下がってるし、内◯官◯機◯費もアレに使われてるかも知れませんし

国民は事実を知らされぬまま、着々と国家神道への道が進んでいますね(^^)

憲法が変わって、国民が気付いた時には日本国内では国家神道以外の信奉は禁じられるとか他の宗教が弾圧されるとか(戦前はまさにそうでした)、そういう日も近いかもしれませんね。

国民はわかっているのかな?

オリンピックを見るのに忙しいんだろうね(^^)

【安倍晋三首相は10日から5日間の夏休みに入る。首相は内閣改造前の7月にも約1週間の夏休みを取ったばかり。ひと夏に2回の長期休みを取る】

あれ。

アベノミクスって「道半ば」で「この道しかない」んじゃなかったっけ。

随分余裕だね(^^)

本当に対外危機があるなら総理大臣が2度目の夏休みなんて取ってる余裕ないんですよ。

夏休み取れるくらい実は対外危機はないんです。

それに天皇が生前退位を直接的言及は避けながらも国民に語りかけたわけで、そんな最中皇室典範の議論もないまま2度目の夏休みだなんて随分余裕ですよね。

【【日中】岸田外相が中国大使に抗議…尖閣沖の公船活動で 周辺では最大約400隻の中国漁船 - New保守宣言!! https://t.co/OlphP1dUku】

なのに安倍首相は2度目の夏休みへ(笑)

騒いでるのはネトウヨだけという事実(笑)

天皇が自らの言葉で(直接的な言及を避けながらも)生前退位ついて語ったのに、そのそばから2度目の夏休みに入るって、これが本当に天皇を尊敬してる人達のやることですかね?

本当に天皇のことを尊敬している人達ならば、真っ先に天皇の負担軽減について議論をし始めますよ。

当然ですよね。

保守界隈なる方々の天皇に対する非尊敬っぷりには驚かされるばかり。

本当に心の底から尊敬していたら、まずは天皇の負担軽減をどうするべきか真っ先に考えますそれが本来の(真性)保守というものです。



保守界隈なる方々の天皇に対する
 非尊敬っぷりには驚かされるばかり。


保守界隈とは、日本会議のことか
 いや、日本会議とは正式には
  日本青年協議会(現・日本協議会)
   が本体と考えて良いらしいのである

  
日本会議
「右派」「保守系」「民族主義的団体」「ナショナリスト組織」
  と日本の国内外で報道・分析されている。が、しかし


彼らは単に改憲勢力、保守でも右翼でもない




皇后美智子さま 首相が女性宮家創設を白紙に戻したことを憂慮  2014.06.07 16:00
http://www.news-postseven.com/archives/20140607_259776.html

「理想の家族像につきましては、私は元気な、かつ明るく楽しい家族であってほしいと願っております」

 5月27日、出雲大社禰宜(ねぎ)・祭務部長を務める千家国麿(せんげくにまろ)さん(40才)とのご婚約を発表して会見に臨まれた高円宮家の次女・典子さま(25才)は、こうお気持ちを述べられた。

 この日、典子さまは母・久子さま(60才)とともに、天皇皇后両陛下にご挨拶された。両陛下は「このたびは、ご婚約おめでとう」と心から祝福されたという。

 皇室においての慶事は、2005年の黒田清子さん(45才)のご結婚以来、およそ9年ぶりということもあり、祝賀ムードが広がっているが、両陛下はお喜びの半面、“将来の皇室”について、憂いも抱かれていらっしゃるという。実際、冒頭の会見で典子さまも、

「両陛下からとても温かいお言葉を賜りましたけれども、両陛下のお気持ちを私の口から公表するということは、失礼に当たると思いますので、これは私の胸の内に大切にしまっておかせていただきます」

 と含みのある発言をされた。

 2008年12月、当時の羽毛田信吾宮内庁長官(72才)は、天皇陛下の健康状態が悪化していると発表。その要因について、こう明かした。

「皇統の問題からくるご心労」

 両陛下にとって皇統問題、さらに皇族の減少問題は、長年にわたるお悩みごとであった。

 女性皇族が皇籍を離れれば、皇族の数が少数となり、皇室全体の活動に支障が出ると、“将来の皇室”を案じられていた両陛下だが、「女性宮家創設」の議論が高まると、側近に安堵の表情を見せられたという。

「美智子さまも親しい知人に“いろいろありましたけど、たくさんのかたがたの努力のお陰があって、少しずつ動き始めているようです。これで、私たちの気持ちも、少し楽になりました”と胸の内を吐露されたそうです。両陛下にとって女性宮家創設は、将来の皇室を考える上で大きな意味をもつものとお考えだったに違いありません」(宮内庁関係者)

 有識者へのヒアリングを経て2012年10月、政府は「皇位継承権には踏み込まず、愛子さま、眞子さま、佳子さまの内親王に限定した一代限りの女性宮家創設を検討する」という皇室典範改正へ向けた論点整理を発表した。

 しかしその後、両陛下に衝撃を与える出来事が…。

《皇位継承は男系男子という私の方針は変わらない。野田政権でやったことは白紙にする》

 2012年12月、2度目の総理就任を果たしたばかりの安倍首相が新聞のインタビューでこんな発言をする。1年2か月にわたり、野田政権が取り組んだ女性宮家創設に「NO」を突きつけたのだ。

「女性宮家を認めてしまえば将来、女系天皇が誕生する可能性も高い」というのが白紙に戻した理由だった。

 そして両陛下が心を痛められている“皇族の減少”への対策については、

《この状況の中で戦後、皇籍離脱した十一宮の中から、適当と思われる方に皇籍に復帰していただくことも検討してもいいと思います》

《すでに国民に広く親しまれている三笠宮家や高円宮家に、旧宮家から男系男子の養子を受け入れ、宮家を継承していく方法もある》

 と、どこか現実味を帯びない内容に終始するのみで、両陛下のお気持ちはないがしろにされたままだった。

 それから1年半の歳月が経ったが、いまだ安倍政権が皇室典範改正に着手する動きは見られない。そんななか、発表された典子さまのご婚約。

「もちろん典子さまは女王で内親王ではありませんから、野田政権が2012年10月に示した女性宮家の対象とはなりませんが、美智子さまとしては、典子さまが皇室を離れるお姿を間近でご覧になることで、将来の皇室への憂慮をさらに深められたと思います。これからひとり、またひとりとご結婚で皇室を離れていかれるわけですから」(宮内庁関係者)

 皇室ジャーナリスト・神田秀一氏もこう警鐘を鳴らす。

「これから10年間に、次々とご結婚される女性皇族が出てくると思います。愛子さま、眞子さま、佳子さまも皇室典範の改正が行われなければ、みなさま、典子さまと同じように皇室を出られるわけですから。本当に皇居に悠仁さまがひとりぼっちになってしまうという可能性があるわけです。だから一刻も早く、皇室典範改正の議論を再燃させなくてはなりません」


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≪天皇皇后両陛下の思いをないがしろにする、首相安倍晋三≫【近代保守。。戦後日本保守の風上にもおけん!やはり辞めて貰わねば】 


皇后美智子さま 首相が女性宮家創設を白紙に戻したことを憂慮
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140607-00000014-pseven-soci


小生も引っかかった。。典子女王の発言
 天皇皇后両陛下には、やはり何か
  憂慮される事柄がおありだったのか


小生。。女性宮家。。さらには
 女性天皇全く構わないと思う

  
何故ならば。。近代天皇家(皇室)
 側室から云々、いろいろあっただろう

  しかし、戦後天皇家・皇室。。正に
   テレビ・マスコミの注目の中。。


理想的。。国民の鏡となる家庭像
 これを体現されているのが皇室・宮家


皇室の親王・内親王。。
 宮家の王・女王。。
  がその家を継がれる
   これが大事なのであって。。


たとえば
天皇皇后両陛下の間に
 幸せながら。。皇太子殿下もおられる

  しかし、皇太子ご一家の内親王が
   天皇皇后両陛下の直系として
    皇太子殿下の跡を継がれる
     全く以って当然だと強く思う




『そして両陛下が心を痛められている“皇族の減少”への対策については、

《この状況の中で戦後、皇籍離脱した十一宮の中から、適当と思われる方に皇籍に復
 帰していただくことも検討してもいいと思います》

《すでに国民に広く親しまれている三笠宮家や高円宮家に、旧宮家から男系男子の養
 子を受け入れ、宮家を継承していく方法もある》

 と、どこか現実味を帯びない内容に終始するのみで、両陛下のお気持ちはないがしろ
 にされたままだった。

 それから1年半の歳月が経ったが、いまだ安倍政権が皇室典範改正に着手する動き
 は見られない。そんななか、発表された典子さまのご婚約。

 「もちろん典子さまは女王で内親王ではありませんから、野田政権が2012年10月に
 示した女性宮家の対象とはなりませんが、美智子さまとしては、典子さまが皇室を離
 れるお姿を間近でご覧になることで、将来の皇室への憂慮をさらに深められたと思い
 ます。これからひとり、またひとりとご結婚で皇室を離れていかれるわけですから」
 (宮内庁関係者)

 皇室ジャーナリスト・神田秀一氏もこう警鐘を鳴らす。

 「これから10年間に、次々とご結婚される女性皇族が出てくると思います。愛子さま、
 真子さま、佳子さまも皇室典範の改正が行われなければ、みなさま、典子さまと同
 じように皇室を出られるわけですから。本当に皇居に悠仁さまがひとりぼっちになっ
 てしまうという可能性があるわけです。だから一刻も早く、皇室典範改正の議論を再
 燃させなくてはなりません」』



養子じゃダメなんだ!
 旧宮家といっても、血が薄い
  現代日本皇室こそ血が重要だ


皇室と相容れぬ考えを持つ
 安倍晋三首相。。単なるタカ派
  の政治屋であり
・・・保守にあらず




【皇室を奉じる真の保守ではなく、昭和維新回帰】<靖国神社の変質>≪明治大帝~昭和天皇・今上天皇のご意思に背く安倍晋三≫

安倍晋三は保守
 などでは絶対にない


日本の保守とは
 270年近く続いた
  将軍=外様幕藩体制
   の終焉を受けて

明治新政府が発足
 ただ。。幕藩体制も
  元はといえば

戦国時代の下克上により
 成り上がった武将による
  体制であり、長年経て
   お上となったものである

幕藩体制終わり大政奉還
 皇室を奉じて
  明治天皇を頂いて


実際の執行部は
 幕藩体制でも、下級武士・下級公家
  が中心の新政府。。それも長州藩閥


戦国時代以上の
 成り上がり政府でもあった


明治以降近代日本保守
 戦後日本保守は、皇室を奉じる


A級戦犯合祀の靖国神社参拝
 といい。。安倍晋三という議員は
  保守とは絶対に言えない訳であり


皇室の意思に歯向かい
 正に国賊であり
  保守などでは絶対になく


タカ派標榜。。明治以来広義の
 軍国主義ではあるが。。
  国粋主義・皇国史観・国家神道
   極まる
昭和維新への回帰を狙う

安倍首相を政権に就けた
 自民党員の判断。。それ以上に
  自民党に多数議席与えた


国民・有権者の判断は
 民主主義の主権者の資格無く
  日本列島人の意識改革こそ
   必要であり、大いに反省求む


小生。。引き続き安倍政権打倒に
 全力投球する所存であるのは当然だ



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今現在、少し訂正したい。大切なこと
 安倍晋三総理が首魁ではない、訳だ

日本会議(日本青年協議会)の政策
 を丸飲み。。安倍政権は日本会議に
  支配されている、ともいえそうだが・・。


それも違う!安倍総理・安倍内閣
 そして安倍政権は看板に過ぎない


官僚機構。。そしてそれを束ね。。
 日本会議の要求を受け入れ、そして
  大事なことは財務省や外務省・経産省


つまり官僚機構とタッグで
 政務首席総理秘書官が全て担うのだ


晴耕雨読
http://sun.ap.teacup.com/souun/20522.html

「原先生が言ってたように、天皇の第二の「人間宣言」でしたね。:こたつぬこ氏」  天皇と近代日本
https://twitter.com/sangituyama

原先生が言ってたように、天皇の第二の「人間宣言」でしたね。

天皇とはいえ人間だから老いる。

自粛なんかしないで、普通の人間としてこの世を去りたい。

「個人」としてそうありたいと。

「個人」と言ったのは驚いた。

昭和天皇のあり方を否定してるようにもとれますね。

そうしないと象徴天皇制は完成しないと考えているのかな。

天皇が「社会を停滞させるから」と天皇崩御のさいの「自粛」をやめてほしいと言ってるのは、崩御と自粛の政治利用を警戒しているのもあるかもしれない。

昭和天皇崩御のときの自粛は、自民党が政治利用したからね。

いまの政権ならもっとヤバイと。

>TOKYO DEMOCRACY CREW昭和天皇が受けたような過剰な延命治療と詳細な容態報道による人権蹂躙、莫大な国家予算を投じて行われた大喪の礼や、自粛ムードによりもたらされた社会の異常な状況を、回避したい、という「お気持ち」でしたね。

昭和天皇崩御の時の自粛ムードを、多くの識者が全体主義、戦前への回帰と呼んだ。

実際は一時的なもので済んだのだが、いまの政治状況なら、己の死が何かに利用されることを強く警戒し、だから天皇を辞めてから死にたいということかもな。

今の天皇は昭和天皇と違い、政治介入をやらず、また天皇の政治利用をブロックしてきた。

しかし自らの死の政治利用は防げない、だから政治介入をしてそれを防ごうとした。

ジレンマだね。

政府は皇室典範改正に消極的だから、天皇は憲法違反の禁を犯して国民に直接訴えたわけだ。

護憲のために違憲の一撃を放ったわけですね。

>北野 隆一1)ここ1年半の懸案だったテーマがようやく日の目を見ました。宮内庁が両陛下の葬送について検討結果をまとめ発表しました。土葬ではなく火葬にするとのことです/両陛下の葬送、土葬から火葬に 宮内庁が意向受け方針 - 朝日新聞デジタル http://t.asahi.com/d6ja

そうそう、ここから「死と死の政治利用への対処」がはじまってますね。

北野さんの三年にわたる連投。

>雪坊 昭和天皇が亡くなった時、子どもが通う小学校は半旗を掲げました。校長は「天皇は国民のお父さん」と子どもたちに話していました。あのときの国をあげて喪に服すという雰囲気はとても嫌な感じでした。二度と経験したくないですね。

ええ、今の天皇も嫌だと思いますよ。

>象徴天皇制に変化=「安倍政権に不満」の解釈も-中国メディアhttps://t.co/0eSOBlTmgf

今回の天皇発言は、直接国民に政府への対応を迫るように扇動したものでした。

安倍政権の対応次第では、これは安倍政権の危機になりかねません。

稲田を防衛大臣にしたことが致命的なミスになるかもしれないですね。

まずは8月15日。

天皇は象徴天皇制を守るために、やってはいけないことをやりました。

それは本人が一番よくわかってるでしょう。

だからこれを先例にしないために、死力を尽くしても天皇を退位し、自らを葬り去る覚悟なんじゃないでしょうか。

> 小池晃 先ほど日本共産党の志位和夫委員長は、天皇の会見内容について「高齢により、『象徴』としての責任を果たすことが難しくなるのではないかと案じているというお気持ちは、よく理解できる。政治の責任として、『生前退位』について真剣な検討を行うべきだと思う」と、記者会見で表明しました。

政局になりますね。

>自民・二階幹事長「陛下のお気持ちにお応えしていく」https://t.co/gGOtJXgW1g

天皇に対して「あなたはやってはいけないことをやった」と眼差すことは天皇を敬愛しているか反天皇かを越えて必要だと思いますよ。

戦後民主主義下の象徴天皇は、NHKの腰巾着コメンテーターの賛辞よりも、そういう声を望んでるんじゃないかな。

それにしても、天皇の生前退位要求発言に対して、まっさきに退位法制化の検討を打ち出したのが日本共産党であることは、興味深い。

>志位和夫 ‏(天皇の発言を受けて記者会見で表明) 「高齢により、『象徴』としての責任を果たすことが難しくなるのではないかと案じているというお気持ちは、よく理解できます。 政治の責任として、『生前退位』についての真剣な検討を行うべきだと思います」

>QJV97FCr皇室典範の改正のみで実現可能なはずだが、どのような憲法改正を想定しているのか説明して欲しい / “【産経・FNN世論調査】天皇陛下の生前退位「制度改正急ぐべき」70・7% 「必要なら憲法改正してもよい」84・7% - 産経ニュース”

さすが産経、天皇発言をさっそく憲法改正に政治利用しはじめた。

>島田裕巳 小泉政権時代の「皇室典範に関する有識者会議」のことを思い出さないといけない。それを知る安倍さんだけにより、慎重になるのではないか。

安倍の苦しい顔はこれですよね。

自らを叩き潰したわけですから。

>原武史 今日の天皇メッセージには、祭祀(祈り)と行幸啓を中核とする、昭和とは全く異なる平成の天皇制を28年かかって築き上げたという強い自負と、それを次代にスムーズに継承させたいという思いがうかがえた。だがそれは、代替わりによって平成流が変わってはならないという次代への注文でもある。

>共産党「生前退位の検討必要」 - 志位委員長https://t.co/Ok9o1riKJ8

>原武史 ‏玉音放送の表現との類似性も気になった。常ニ爾臣民ト共ニ在リ→常に国民と共にある自覚、爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ→(私の気持ちが)国民の理解を得られることを、切に願っています、など。やはり現天皇は、昨年に原盤で聞いた昭和天皇の放送を、言い回しを含めて意識していたと感じた。

>政府、有識者会議設置へ=安倍首相「重く受け止める」-陛下お気持ち表明https://t.co/BKo5dLJDWm

>頓挫繰り返す皇族減少対策=容易でない典範改正 - 時事ドットコムhttps://t.co/0YY25nOtT6

皇室典範改定はこれまで二度(小泉、野田政権)で試みられたがいずれも頓挫。

そしてこの二つの政権の後継は安倍政権。

改定を阻止してきた安倍が、ついに天皇にやれと言われて焦ってるわけです。

これを踏まえると、安倍総裁任期延長話がではじめたのを先制するように天皇談話がでたのは示唆的ですよね。

安倍が退陣するのを待ってはいられないということか。

参院選で与党が衆参3分の2を掌握→安倍再改造内閣で他の後継者を封じ込め、極右の稲田を後継者として登用→そして天皇談話ときたわけだ。

ひょっとしたら政権が天皇誕生日にやるのは止めたのかもね。

それやられると、その時期に解散総選挙がうてなくなるから。

鍵RTNHKでは、天皇誕生日にお気持ち表明と考えていたと思われるが、待てない事情が生じたため今日になったと解説されていた。これまでの安倍政権のパターンからすれば、火種になりかねないものは、選挙後か、次の選挙からできるだけしきはなしてやるから。

>もなか 保坂氏「帝国憲法と旧皇室典範はセットだった。現典範は旧典範に若干の修正を施したものでしかなく,現行憲法との整合性が本来問われる」

つまり安倍さんや日本会議にとって皇室典範は「右翼の憲法9条」なのかもしれませんね。

それに手をつけたらアイデンティティが崩れるような。

これまで全力で改正を阻止してきたが、天皇と左翼リベラルが改正派になるという、憲法と逆のパターンが。


象徴天皇制に変化=「安倍政権に不満」の解釈も-中国メディアhttps://t.co/0eSOBlTmgf

今回の天皇発言は、直接国民に政府への対応を迫るように扇動したものでした。

安倍政権の対応次第では、これは安倍政権の危機になりかねません。

稲田を防衛大臣にしたことが致命的なミスになるかもしれないですね。




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≪天皇陛下の生前退位ご意向報道≫<我々国民世論の未熟さいや暗愚有権者改めて痛感>【皇室は現天皇皇后両陛下と皇太子ご夫妻の両党体制で強化される】


生前退位“難しい”理由…政治部長解説
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20160715-00000064-nnn-pol


日本の政治の貧弱さ政治後進国ぶり
 我々国民世論の。。いわゆる”民間”の
  未熟さいやいや暗愚ぶりの裏返しな訳で


それに比べて、天皇皇后皇室の「特別」ぶり
 戦後70年を過ぎ、日本国憲法下の国民が
  多数を占める日本国民は全くついていけない


政治家。。いやいや日本に政治家などは居ない
 国会議員団で構成される与野党立法陣も同じ
  所詮元々”一般国民”だったのだから仕方ない


皇室には到底太刀打ち出来ないのではないか

米欧先進国、戦勝国連合国だった諸大国
 の方が冷静な見方をしているのかも知れない




FACTが曖昧な「天皇生前退位の『意向』」報道に見る「皇室報道への疑問」
http://bylines.news.yahoo.co.jp/shinodahiroyuki/20160715-00060022/


ここで、我々が大いに思いたるべき
 興味深い論考を紹介しておきたい


晴耕雨読

http://sun.ap.teacup.com/souun/20374.html

「政府 極秘に皇室典範の改正を準備」  憲法・軍備・安全保障
昼寝猫氏のツイートより。https://twitter.com/tcv2catnap


1931年前後、西園寺や近衛が要警戒したように、
 「玉」の入れ替えを陸軍や極右の一部が画策していた。

秩父宮を担ぎ上げてとか、後年では高松宮とか。

つまり大日本でも天皇は「俺らの都合が悪ければ
交代させるべ」な存在である訳で、それを後生大事
に21世紀に「現人神風味」に扱ってどうすんだよw
リベラルが尊王攘夷する勢いだよな。



歴代で最強の権力を得ていたとも
 された昭和天皇においてさえ『玉』の
  入れ替え画策される。。
なるほど驚き!

これは重要な証言かも知れない
 戦争責任である。天皇に求める声が
  むしろ自称【(疑似)保守】層から出る


当時の政府・軍部・政権・メディア
 以下に強力な壁=すなわち大政翼賛会
  を形成してワッショイ、ワッショイ!
   天皇を頂き戦争に突入した重要証拠


それ以上に思い当たったのは
 
大御心を勝手に忖度して「捨て身で改憲阻止」とか、まあ藁に
すがりたい気持ちはわからんでもないけど、それって
5.15や2.26の「君側の奸に騙されている陛下」と表裏一体だから止めとけ。

主権者でもない存在の動向に一喜一憂してるような主権者の根性
こそが、そのような存在の社会的政治的影響力の源泉であり、
かつ自身の主権者としての地位を毀損しているんでしょうに。
選挙結果にふてくされた次は象徴頼みかよ。

どうりで安倍みたいな無茶苦茶がまかり通るわけだ。



≪天皇制。。昭和・今上両天皇及び皇后両陛下への支持。。日本国民は全く変わっていない≫<安倍晋三国会議員政権を筆頭に>【保守などと、自らを偽る自民党政権が天皇・皇室を利用・軽視するから許せんのだよ】


昭和天皇の戦後巡幸 国民の熱狂的な歓迎ぶりを専門家が解説
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141026-00000000-pseven-soci


日本国民は、鈍感である
 また、初心で純情でもある
  騙され易く醒め難い、国民性がある
   かも知れないとだけ言っておこう。。


しかし、敗戦後日本。。天皇制、つまり
 昭和天皇。。そして今上天皇および皇后
  また皇族への思いは、騙されたとか
   初心だからとかとは別に。。日本国民は
    悟っていたのではないだろうか。。


明治以来、日本政府・政体が目論んできた
 国家神道。。皇国史観。。とは次元が違う
  位置に、天皇皇后・皇室があるということを


戦勝国・連合国。。代表の米国が
 その統合力を敗戦後日本占領政策に
  活用しようと考えたのは理解が出来る


しかし、あまりの熱狂に米国政府ですら
 戦慄し。。不安になった、というエピソードか。。


天皇制・皇室を支持する考えが
 日本の保守であるという訳なのであって


自民党だとか。。政権与党を支持する
 のが保守などでは断じてない、
と明確に
  言明しておきたい気持ちが小生にはある


≪安倍首相と政権の憲法改正・解釈改憲の動きは、保守などではない≫【天皇・皇室の意思に反する国賊だ】


今上天皇。。皇太子
 ともに見事な見解、素晴らしい


小生。。何度も言っているし
 今後何度でも言うつもりだが。。


押し付けられた憲法を
 改正しようとする動き
  保守などでは絶対に無い


昭和天皇は、帝国日本の大元帥
 現人神。。戦後人間宣言された


今上天皇は、正に即位したときから
 象徴天皇である。。が、諸外国は
  日本の元首とみなして当然だろう


米国大統領ですら
 昭和天皇。。そして今上天皇には
  謙って、接するのは当たり前の光景


実は。。今上天皇は
 穏やかなお人柄の上にも
  しっかりしたお考えの持ち主


中曽根首相は嫌われていた
 という記事はどこかで数十年前
  に、小生。。見たことがある


安倍晋三のことは、更にお嫌い
 恐らく許せないのではないだろうか


日本国天皇は、外国首脳から見れば
 元首である。。というのは誤解を
  受けるかも知れない。。しかし
   そう思われていて欲しいと感じる


政治屋どもに、つけ入る隙など
 絶対に与えてはならないのだ!!


憲法を改正。。
 日本国憲法を米国から
  押し付けられたものと
   改正の動き。。


当然ながら、米・欧先進国
 戦勝国への安倍政権の反逆


いや、憲法を守ると仰る
 今上天皇への不敬である


小生。。田原総一朗を批判
 することが多いが。。珍しく
  意見が一致した、大賛成だ!


さらに、日本国憲法は
 押し付けられたものではない


貴族院。。参議院の前身
 しかし、良識の天下国家を
  参議院には、その面影無し


これは、今から70年近く前
 日本国憲法制定時のGHQ
  連合国総司令部との折衝の
   記録であり。。
 

歴史問題なのか?いや違う!
 現代も連綿脈々と続く勢力


米国にとっても、反共の砦
 日本列島統治のためには
  絶対的に必要だった天皇制


GHQが天皇に立憲的君主
 の権限を許可しているのに
  それを拒んで、権力を封印
   した連中がいるというのだ
   

その通り!日本国憲法は
 連合国から押し付けられた
  と言い張っている連中は
   その後継者に該当すると考える


大日本帝国敗戦
 主権喪失。。明治憲法
  すなわち大日本帝国憲法
   を改正する動きの中で


貴族院には、昭和天皇の
 権限を立憲君主に相応しい
  ものに高めようと修正折衝


臣下としては
 敗戦したといえども
  当然の姿勢であろう


この第1章
 天皇についての条文
  官吏任免・外交文書の認証
 

この辺りの件で
 GHQは明確な天皇の行為
  とする改正にOKを出していた!


それにも拘らず。。日本政府が
 強く難色を示し。。そのまま
  憲法は公布されてしまった訳だ


ということは。。昭和天皇の権力を
 利用して戦争に突入し、日本国民を
  大量に死に追いやった戦時政府。。


軍国政府であれども。。それを
 後押しして、手助けしたのは
  大政翼賛会であり、具体的には
   翼賛議員連盟~翼賛政治会である


天皇の権力でといえども
 あの頃、天皇であっても
  止められない状況で戦争開始


しかし、敗戦。。終戦には
 昭和天皇の決断があったのだ


それがそれこそが
 立憲的君主の役割だ


それを要らないと反対
 してGHQが許可したのを
  押し返してしまった日本政府


戦争開始した戦犯の一翼
 翼賛議員連盟・翼賛政治会
  

その残党が、憲法改正時の
 日本政府を構成していた訳で
  日本自由党・日本進歩党
   つまり現在の自民党である


今、安倍首相と安倍政権は
 憲法9条も触らずに
  解釈改憲で集団的自衛権
   行使可能という見解ゴリ押し


しかし、これにも
 自民党タカ派、新聞社重鎮
  から反対の声が上がっている


確固たる信念と表面上
 国会答弁などで言うが
  

安倍晋三首相。。
 単に無知なのだと
  しか思えないフシがある


とすれば、恐ろしい事態
 即刻辞任、総辞職要求する


日本の政治。。外交。。全て官僚機構が
 担っており。。政治・国会議員政権は何ら
  関与出来ていないと。。小生、述べてきた


よって。。昭和天皇。。天皇制。。今上天皇・皇后
 両陛下を。。皇室を政治利用するのは、安倍内閣
  という体裁を取るが。。実は官僚機構なのである


省益・局益が最重要で国益や国民生活
 のことなどは一切頭に無いということである


日本の官僚機構は。。保守などでは絶対にない
 このことだけは、ハッキリさせておこう。。
ましてや
  日本の国会議員政権・自民党政体もノンポリで。。
   これもまた保守などでは絶対にない、と断言する



>今上天皇より現皇太子殿下のほうが改憲派に
 とってはもっと都合が悪くなりそうな気もするがw。。。



皇太子は、象徴天皇と
 皇后陛下美智子様のお子


生まれた時から特別な方
 国民。。憲法。。日本国をずっと
  幼少時から考えてこられた方だ


ご夫妻の英才教育を受けてこられた

譲位ともなれば、現天皇皇后両陛下
 と新天皇皇后両陛下という両党体制
  皇室が更に強化され厚みを増すのだ



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「宮中某重大事件」
元老の山縣らは、良子女王の家系に
 問題ありと、女王と久邇宮家に婚約
  辞退を迫る。貞明皇后、良子女王の
   父・久邇宮邦彦王、元老松方正義・
    西園寺公望は婚約破棄反対。


頭山満や国粋主義者同調。山縣失脚!
 現代にも、このような動きは出ないものか
  極めて望み薄なのは解っていることだが


天皇陛下「お気持ち」表明 【全文】
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20160808-00000065-nnn-soci

象徴としてのお務めについての天皇陛下お言葉

 戦後七十年という大きな節目を過ぎ、二年後には、平成三十年を迎えます。
 私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。
 本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

 即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

 そのような中、何年か前のことになりますが、二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

 私が天皇の位についてから、ほぼ二十八年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
 天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

 始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。
 国民の理解を得られることを、切に願っています。



世界が固唾を飲んで。。天皇陛下
 の、日本国天皇の言葉を待った。。
  そして、海外メディアは取材し報道




首相 天皇陛下のお気持ち表明 重く受け止める
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160808/k10010626921000.html?utm_int=word_contents_list-items_004&word_result=%E5%A4%A9%E7%9A%87%E9%99%9B%E4%B8%8B%20%E3%81%8A%E6%B0%97%E6%8C%81%E3%81%A1%E8%A1%A8%E6%98%8E


総理大臣のコメント。。みたい人は
 ご自分でどうぞ、小生全く興味無し


日本国民も恐らく。。今日を注目した
 しかし、ピントがズレていないか!?

  
内閣総理大臣や衆参両院議長の見解
 一切不要であり、世界には全く以って
 インパクト無し、喋ってはいけない人種だ



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【皇室を奉じる真の保守ではなく、昭和維新回帰】<靖国神社の変質>≪明治大帝~昭和天皇・今上天皇のご意思に背く安倍晋三≫


天皇陛下のお言葉に背を向ける安倍自民

『第二次安倍内閣の発足から丸一年が過ぎた。

「一刻も早くタカ派的妄信から目を覚まし、戦後日本の歴史や国民世論と
 謙虚に向き合う保守の王道を歩んでほしい」とは、発足直前の昨年12月
 19日付本欄の結びの言葉である。景気回復、日本経済の立て直しを期待
 してのことだ』



これは、第二次安倍政権発足直前
 本論は、安倍晋三の軍国主義回帰
  を読み切っていたということ

希望であり、願いだったのだろう




『その言葉どおり、前半の政権運営は麻生太郎副総理兼財務相が主導した
 年初の財政出動と未曾有の金融緩和、それに運も見方しての円安、株高
 によって輸出産業を中心に企業業績が回復し、成長率を押し上げ税収も
 伸びた。国民が期待する以上の成果である。通常国会閉会直後の参院選
 で自民党は圧勝、衆参ねじれ国会が解消したのは当然の結果だった』



このくだりの意味は、
 どうしてしまったのか  

本性を見せては
 ダメではないか

という本来の案件を
 通すため、説得のための
  リップサービスだろう


小生。。安倍晋三を
 また、麻生財務相を
  一度たりとも評価した
   ことなど無いのである




『ところが、安倍晋三首相も自民党もこれでタガが緩んでしまった。安
 倍首相はいよいよ、戦前回帰の軍国少年と化して臨時国会で特定秘密保
 護法案を強行採決。自民党は国土強靱化の大義を掲げてかつての利権政
 治に逆戻りである』



これが、これこそが
 安倍政権の真の実力
  この程度なのである


安倍晋三は保守
 などでは絶対にない


日本の保守とは
 270年近く続いた
  将軍=外様幕藩体制
   の終焉を受けて

明治新政府が発足
 ただ。。幕藩体制も
  元はといえば

戦国時代の下克上により
 成り上がった武将による
  体制であり、長年経て
   お上となったものである

幕藩体制終わり大政奉還
 皇室を奉じて
  明治天皇を頂いて


実際の執行部は
 幕藩体制でも、下級武士・下級公家
  が中心の新政府。。それも長州藩閥


戦国時代以上の
 成り上がり政府でもあった



【靖国神社】
長州藩武士の大村益次郎の発案
 

明治大帝の命により、
 靖国前身が創建された訳だが


昭和天皇は
 「明治天皇のお決めになった
   お気持を逸脱するのは困る」

明治天皇の創建の趣旨とは異なる
 との疑問を抱いておられたらしい


「忠霊」・「忠魂」から
 日露戦争後には「英霊」に


皇室の意思に歯向かい
 正に国賊であり
  保守などでは絶対になく


タカ派標榜。。明治以来広義の
 軍国主義ではあるが。。
  国粋主義・皇国史観・国家神道
   極まる
昭和維新への回帰を狙う

安倍首相を政権に就けた
 自民党員の判断。。それ以上に
  自民党に多数議席与えた


国民・有権者の判断は
 民主主義の主権者の資格無く
  日本列島人の意識改革こそ
   必要であり、大いに反省求む



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安倍談話、とやらが話題になった
 しかし、官邸官僚の指令の下。。
  官僚機構の職員課誰かに書かせ
   そのまま棒読みしたに違いない
    議員の談話などに誰が注目する!?




≪下らん!安倍総理談話など一切要らんよ。。14日にしようという姑息な考え≫<それ自体が、本来あるべき姿と真逆をやろうとする証拠>【天皇談話は、議員談話などとは次元が違うのだ】



70年談話、14日公表=安倍首相調整―閣議決定の方向


14日にしようという魂胆が姑息!
 15日に天皇特別談話が出る可能性
  その後では。。それと同じ日では
   元も子もなくなる、そもそも不要な
    安倍晋三国会議員総理談話である


何故、14日か。。本来あるべき日本の
 大人の国としての対応、これとは真逆を
  やろうとしているのを本能で察知した証拠


天皇特別談話が出るかどうか。。不明である
 しかし、安倍総理談話などとは全く無関係に
  次元違いに行って頂くことが望ましい訳である


そもそも、諸外国。。特に米欧中心各国から
 元首とみられている天皇談話は、議員談話と
  は全く次元が違い過ぎるものなのであるから


安倍談話など。。中国・韓国はじめアジア
 諸国にしか流れない可能性。。米欧では
  各国国民向けには一切流されない訳である





≪安倍晋三及び自民党国会議員内閣よ。。今やっていることは、タカ派であり保守ではない!≫【天皇・皇后両陛下の平和への思い!!に逆らう<安倍国賊内閣>を打倒せよ】


天皇陛下の「焦りにも近い気持ち」パラオ訪問の裏に〈AERA〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150428-00000012-sasahi-soci


外交官。。外務省から政府人事で
 横滑りした侍従長のいうことを・・・
  そして、AERAなどの記事を丸飲み
   するまでも無く。。
長らく憂いている

現在の安倍晋三内閣
 それを操る外務省旧条約局
  を中心とするタカ派人脈が操る
   自民党及び創価票が支える政権


彼らの推し進める日米ガイドライン
 集団的自衛権行使容認・解釈改憲
  そして憲法9条改正による軍国化は


完全に天皇皇后両陛下と皇室の
 意に背き、蔑ろにした暴挙なのである


ヤバイ。。尻に火がついている
 だから、道を変えてみたが
  どうして批判されたか
   理由が解らない訳なのだよ


歴史に謙虚でなければならない
 だと!?
平気でそんな言葉を吐く
  本当に歴史に向かい合ったのか


教師に教えてもらった
 のは、全然違うことだったはず


1回失敗したら
 もう同じ過ちなどは
  繰り返したりするはず無い


有権者のほうが
 まだ人生経験積んでいる
  から、そう思うだろうが


そうなってしまうのが
 理解出来ないに違いないか


まさかそんなバカが
 国会議員になっている
  などとは想像していない


国民の側には
 深く根付いた属国島国根性
  国会議員をお上だと思っている


そして安倍内閣は総辞職しないまま
 2015年に突入し、ゴールデンウィーク
  になってしまった。。
戦犯は大新聞
   そしてテレビキー局はじめ大マスコミ

 
我々国民・有権者はその平和ボケ
 危機を察知しない鈍感ぶりを猛省せよ


皇室と相容れぬ考えを持つ
 安倍晋三首相。。単なるタカ派
  の政治屋であり
・・・保守にあらず


天皇特別談話は、議員総理談話などと
 全く次元も質も違うものなのであるから。。
  安倍総理談話など無いもの同然と。。
   無関係に行われるべきものなのである


その結果、安倍総理及び外務省=日本政府
 は大いに恥をかいたら良いだけの話なのだよ


その時だ!安倍総理及び周辺のバカウヨ議員
 そして日本政府本体の化けの皮、本性が露呈
  かつての民主党内閣と同様、いやそれ以上


と言って良い国賊内閣の姿が露わになる

最後に。。村山内閣や小泉内閣も総理談話
 を閣議決定した?それを公明党が支持?

  あの頃の閣議決定と。。似て非なる
   現安倍内閣の閣議決定なのだということ


国会無視、国民有権者無視。。与党議員頭数
 の多さだけに目を付けた談話正当性固定化!
  たったそれだけの意味しか無いものなのだよ



生前退位“難しい”理由…政治部長解説
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20160715-00000064-nnn-pol

天皇陛下の生前退位の意向について、宮内庁が陛下自らがお気持ちを公表する方向で検討していることが分かった。今後、公表されるお気持ちは「退位」などの制度に踏み込むものではないという。これを受けた、政府の動きについて政治部・伊佐治健部長に聞く。


■憲法が「生前退位」を難しくしている

 天皇陛下は焦点となっている「退位」自体については述べられないということだが、これは極めてデリケートな問題だからだ。天皇陛下が「生前退位」の意向を持っている事が明らかになる中、ある政府関係者は14日夜、「天皇陛下の生前退位は無理だ」と述べた。ここまで強く言うのは、憲法に違反するのではという問題が出てくるためだ。

 もし、天皇陛下の意向を受ける形で、政府が皇位継承について定めた皇室典範を変えた場合、天皇の政治への関与を禁じた憲法第4条に抵触する可能性がある。

 また、もし「生前退位」という制度を設けた場合、天皇が国事行為を任せることができる「摂政」を置くことを定めた憲法第5条と矛盾するという指摘もある。天皇陛下の思いが、政治的な法改正などに直接結びついてはいけない背景がある。


■宮内庁と政府のギャップ埋めるために―

 天皇陛下を支えたい、お気持ちを尊重したい宮内庁と、政府の間には大きな温度差がある。宮内庁では皇室制度に詳しい元職員も加わって、「生前退位」の意向をふまえて、お気持ち公表への検討を続けている。

 一方の安倍内閣としては、憲法に違反しかねない判断に踏み込むことには慎重だ。そのギャップを埋めるために、総理官邸にあった「皇室典範改正準備室」の態勢を強化した。官邸に近い内閣府のビルの地下の一室を使って人目に付かない形で作業し、極秘裏に必要な法改正を手探りで探っている。


■与党内には「意向尊重すべき」の声も根強い

 政府内には「退位」まで踏み込むのは無理と考え、摂政を置く条件を緩和する皇室典範改正、もしくは天皇陛下の公務の負担軽減を軸に検討すべきとの声がある。

 一方で、天皇陛下の意向は尊重すべきとの声も政府与党、特に自民党内に根強くあり、まだハッキリした方向性は見えていない。



日本の政治の貧弱さ政治後進国ぶり
 我々国民世論の。。いわゆる”民間”の
  未熟さいやいや暗愚ぶりの裏返しな訳で


それに比べて、天皇皇后皇室の「特別」ぶり
 戦後70年を過ぎ、日本国憲法下の国民が
  多数を占める日本国民は全くついていけない


政治家。。いやいや日本に政治家などは居ない
 国会議員団で構成される与野党立法陣も同じ
  所詮元々”一般国民”だったのだから仕方ない


皇室には到底太刀打ち出来ないのではないか

米欧先進国、戦勝国連合国だった諸大国
 の方が冷静な見方をしているのかも知れない




FACTが曖昧な「天皇生前退位の『意向』」報道に見る「皇室報道への疑問」
http://bylines.news.yahoo.co.jp/shinodahiroyuki/20160715-00060022/

7月13日夜、NHKの第一報を皮切りに怒涛のように始まった「天皇生前退位の『意向』」報道には皆が驚いたに違いない。14日の告示を前に盛り上がっていた都知事選報道を一時吹き飛ばしてしまうほどの大きな扱いだった。
一斉にその報道が始まったので、テレビが拾った街の声など、何か正式に発表があったのだと思い込んでコメントしている人が多かった。でもよく見ると、報じられた内容は「天皇陛下が生前退位の意向を示していることがわかった」というもの。しかも、その「意向」は何年か前から示されていたというもので、なぜそれをこのタイミングで報道したのか、そもそもその「意向」というのはどの程度明確なものなのか、何とも曖昧な報道だ。いわばFACTが示されない報道なのだ。
しかも、その夜のニュースで宮内庁次長が報道内容を否定していることも報じられた。ただ皇室報道についてはこれまでも、正式発表まで伏せておくべき情報が事前に漏れてしまった場合は宮内庁が否定することはあったようだから、今回もその類いだと思われたのだろう。

翌14日朝の各紙朝刊は大きな見出しでその「生前退位の意向」というニュースを伝えた。そしてその段階で幾つかのFACTが示された。例えば14日の読売新聞朝刊は《政府は、皇室典範改正などに関する「担当チーム」を作り、水面下で検討を行っている》と報じている。つまり「意向」を受けて具体的に担当チームが動き始めたということで、これはりっぱなFACTにあたる。
その担当チームについては、15日の東京新聞が「生前退位、年内にも骨子案 先月極秘チーム」という見出しを立てて詳しく報じている(共同通信の配信か)。それによると《政府内で杉田和博官房副長官をトップとする極秘の担当チームを六月に設置し、検討を始めていた》という。つまり6月に政府内のチームが動き出したというのが今回の報道のきっかけとなったFACTだったというわけだ。
そう考えると、宮内庁が次長に続いて14日の時点ではトップの長官までもが生前退位の意向について「そういう事実はない」と明確に否定する一方で、政府が「コメントを控えたい」と報道内容を否定していないという対応の違いが出ていることも理解できる。つまり今回の報道は政府サイドから情報が漏れたのではないかという推測だ。
ところが、細かく追うと、この杉田官房副長官率いるチームについても、わかりにくい報道が続いている。例えば14日の日経新聞夕刊は「皇室典範 改正検討準備へ」という見出しでその内容を伝えているのだが、菅官房長官の話としてこう書いている。《(菅官房長官は)「皇族の減少にどう対応するか、杉田和博官房副長官の下、内閣官房の皇室典範改正準備室を中心に検討している」と説明。ただ、準備室での退位制度の検討については「考えていない」と否定した》。皇室典範改正準備室が検討しているのは「皇族の減少にどう対応するか」で、退位制度の検討ではない、というのだ。
ただ、この記事は冒頭にこう書いている。《政府は、天皇陛下の生前退位の意向について宮内庁が公表するのを踏まえ、皇位の継承などを定めた皇室典範の改正や新法制定に向けた検討準備に入る方針だ》。近々、宮内庁も生前退位の意向について認め、政府も正式に検討準備に入るという記述に読めるのだが、記事全体が本当にわかりにくい。
天皇の生前退位の「意向」の中身について解説した記事もわかりにくい。例えば朝日新聞15日朝刊は「天皇陛下『ふさわしいあり方』重視」という記事で関係者の話をもとに天皇の「意向」について説明しているのだが、こう書いている。
《「生前退位」の意向を示している天皇陛下が、宮内庁が今年に入って公務軽減を検討した際に受け入れず、「象徴としてふさわしいあり方」ができないのであれば生前退位もやむを得ないとの意向を話していたことが宮内庁関係者への取材でわかった》。
文章自体がわかりにくいのだが、要するに天皇は公務を精一杯務めたいのに宮内庁が軽減を検討し始めたので、それならば生前退位もやむをえないと述べたというわけだ。「意向」というのはそういうやりとりをも含むというわけで、いろいろなニュアンスが含まれていることがわかる。
この「生前退位の意向」報道はまだ続くだろうし、たぶん『週刊文春』や『週刊新潮』が次号で、その舞台裏も含めて報道するだろうから、いずれもう少しいろいろなことがわかってくるだろう。しかし、圧倒的な量であるわりに、注意して読むと、とにかくわかりにくいというのが今回の報道の特徴だ。

で、実はもともと皇室報道というのはわかりにくいものだった。それは「菊のカーテン」という言葉があるように、情報源がオープンにならず、いろいろなことを忖度しながら報道するためだ。その象徴が、昨年12月の天皇誕生日をめぐる会見で「年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました」と天皇自ら述べたという話だ。なぜ天皇が会見で敢えてそんな話をしたのかと疑問を呈する向きもあったが、この天皇の意図は比較的わかりやすい。
実は昨年、天皇が行事の時に間違えたケースは幾つかあった。最初に問題になったのは、8月15日の全国戦没者追悼式で「お言葉」を読みあげる手順を間違えたことだ。
続いて10月25日に富山県で開かれた「全国豊かな海づくり大会」でのハプニングだ。大会終了直前、県議会議長が閉会の言葉を述べようとした時、突然ステージ上の天皇が手招きした。台本になかった事態に議長が動揺して天皇のそばに歩み寄ると、天皇は「最優秀作文の発表は終わりましたか」と尋ねたという。それは30分前に終わった式のメーンイベントなのだが、それを見ていたはずの天皇からその質問が出たことで、議長は動転したらしい。
いや80歳を過ぎた高齢者だから、そのくらいのことはあっても不思議ではないのだが、この件は終了後の会見で話題になったにもかかわらず、ほとんどの新聞・テレビが「デリケートな問題だから」という理由で報道を見送った。そして『週刊文春』11月12日号が「天皇『式辞ご中断』事件」という見出しで、大きく報じることとなった。新聞・テレビがタブー視して封印したことで、逆に週刊誌が「事件」として大きく報じるニュースバリューをもってしまったわけだ。
実は、天皇の誕生日会見自体、『週刊新潮』12月31日・1月7日号は「老いを告白された『天皇陛下』絶句15秒間の異変」と題して大きな記事にしている。会見の途中で15秒近い沈黙があり、周囲が緊張したというのだ。82歳ならそのくらいあっても不思議はないのだが、何しろ天皇であるだけに周囲はこわばり、新聞・テレビが報じないので、週刊誌が大事件として報じる。そういうちぐはぐさが、これまでの皇室報道の特徴だ。
天皇自身が会見で「行事での間違い」に敢えて言及したのは、その間違いが周囲をこわばらせ、事件として報道されるというあり方を危惧したためだろう。本人が口にすれば周囲も必要以上にこわばる必要がなくなるからだ。
思い起こせば1989年、昭和天皇が闘病の末に亡くなった時には、日本全国が異様な自粛ムードに包まれた。各地の祭りが次々と中止になり、明るいCMは放送中止になった。ついには当時の皇太子、つまり現天皇が、自粛ムードの行き過ぎを控えるよう提言するに至った。つまり当事者がそう語ることによって初めて周囲が異常に気をつかう事態は避けられる。昨年12月の天皇の発言もそうした気配りなのだろうと思う。
当事者も望んでいないほどに周囲が自粛し、こわばってしまうというのは、歴史的に醸成された皇室タブーのせいだ。天皇をめぐる報道や情報は、この皇室タブーとの関わりでいつも妙な歪みを伴ってきた。特に終戦まで現人神だった昭和天皇をめぐっては強固なタブーが存在した。

例えば、ここに掲げた写真は1985年11月の『週刊新潮』の新聞広告だが、天皇の顔写真に文字が一部被さっているという理由だけで、右翼が新潮社に抗議に押しかけた。『週刊SPA!』 の「大正洗脳」事件や『女性自身』の天皇写真裏焼事件など、誤植や印刷ミスで雑誌が回収になったケースも枚挙にいとまがない。天皇の代替わりを経て、皇室タブーも変容はしたのだが、いまだに皇室報道には特殊な要素が影を落とす。今回の生前退位報道も、少しずついろいろな事情が判明してわかりやすい報道になることを願うのみだ。



ここで、我々が大いに思いたるべき
 興味深い論考を紹介しておきたい


晴耕雨読

http://sun.ap.teacup.com/souun/20374.html

「政府 極秘に皇室典範の改正を準備」  憲法・軍備・安全保障
昼寝猫氏のツイートより。https://twitter.com/tcv2catnap

>政府 極秘に皇室典範の改正を準備 #日テレNEWS24 #日テレ #ntv https://t.co/wdJeEUB9pd

>岡口基一 天皇の「生前退位論」は、憲法学においては、実はかつて重要な争点であった。

>三冬「参院選終わったし、ここら辺で」というところではないでしょうか。ヤフートピックにトップで出ていますが、元サイトのほうを。飛ばしどころか…です。この件に関してだけは予想が当たっていました。

5年前くらいから退位の内意があって、参院選後にこのタイミングでと昨日書いていたのに、ここまでは読めなかった。

カルガモ親子がスイスイとか埋め草書いて、大井で馬券買ってサボっていた頃のほうが感性あったなあw

つまりその記事の通りなら、満州事変の年の原田日記に「陸軍の若い連中が列車に乗り込んで来て、大佐が秩父宮に殿下を担ぎ上げたいとじかに申し上げたという事実がある」とか、近衛が「陸軍の一部が、今の陛下は凡庸で困る」と言い西園寺は「こと宮中に関して頗る憂慮すべきもの」に近い展開なわけだ。

【妄想】つまり国家主義や封建戻りしたい連中には都合が悪い訳だという推測も立つ。

オッサン帝国(家父長制・暴力礼賛・男尊女卑・上位下達・金と筋肉での序列化)の復活が、草の根むしゃむしゃ運動ジャパン会議や、いかれた清和の宇宙人達、満州帝国総務次長の「けったいな夢」だとするなら、道義や倫理・観念論に落とし込める元首性議論は騙しやすいかもなあw

大御心を勝手に忖度して「捨て身で改憲阻止」とか、まあ藁にすがりたい気持ちはわからんでもないけど、それって5.15や2.26の「君側の奸に騙されている陛下」と表裏一体だから止めとけ。

このメンタリティが元首制議論に利用され、反憲学連上がりの地平線バカジジイ達大満足やんかなw

1931年前後、西園寺や近衛が要警戒したように、「玉」の入れ替えを陸軍や極右の一部が画策していた。

秩父宮を担ぎ上げてとか、後年では高松宮とか。

つまり大日本でも天皇は「俺らの都合が悪ければ交代させるべ」な存在である訳で、それを後生大事に21世紀に「現人神風味」に扱ってどうすんだよwリベラルが尊王攘夷する勢いだよな。

とにかく天皇制整理したきゃあ網野善彦読もうず。https://t.co/YGN1RPRIU7 https://t.co/7qB3ZUhbZk

>今上天皇より現皇太子殿下のほうが改憲派にとってはもっと都合が悪くなりそうな気もするがw。。。

どうなんでしょうかね。

確かにww

ただまず彼らは天皇個人はどうでもよく万世一系の天皇制にしか興味が無いので、現人神一歩手前の元首制に出来れば良いと思っている。

そして皇室典範で生前退位の規定が確立したら「退位迫れる」という事も視野に入るかなとww

>ystk 宮内庁内部でも個人としての天皇の意向を尊重したい勢力(非主流派)と、制度的安定を重視して余計なことは言ってほしくない勢力(主流派)の綱引きがあって、前者がアドバルーンを上げたら後者が慌てて火消しに走っている、というような現状なのではないかと想像するとエンターテインメント性高いな。

>三冬 ‏エンターテインメント性はともかく。今上の側近と言われる人々の間でパワーゲームが繰り広げられているのだろうとは思う。典範に規定を置かなくても、いずれこういう日が来ることは予想できた。

>Shimanami Ryo 皇室典範を改正するとして、譲位の要件をどう規定すべきか、議論が熟すのに時間がかかりそうだ。ご本人の意思だけで良いのか、次代以降の恣意的運用(たとえば護憲姿勢の天皇に対して改憲勢力が譲位を促すなど)をどう防ぐのか。

>Shimanami Ryo 今上天皇のご高齢もあってTLでは皆さん歓迎ムードだが、そうは簡単な話ではないぞと。ご負担軽減だけが理由であれば、譲位以外の手段もあるわけで、将来のケースを睨んで更にどういう正当化論拠を求めるのか、実は難問。

>三冬 恣意的運用。これが最大の問題と考えています。尤も、天皇制自体が政治的な制度なのですが。

>Shimanami Ryo 今回の意思表明を、政治的「抗議」として肯定的に捉えるツイートに接したが、二重に誤っていると思う。

>三冬 ‏今上が即位するかなり前、昭和天皇の時代にも「皇太子は凡庸で、思想もリベラル過ぎるから、孫の浩宮に即位させることはできないものか」という勢力があったのは記憶に新しい。朝日ジャーナルでも取り上げていいた話。

>Tomohiro Matsuoka ‏主権者でもない存在の動向に一喜一憂してるような主権者の根性こそが、そのような存在の社会的政治的影響力の源泉であり、かつ自身の主権者としての地位を毀損しているんでしょうに。選挙結果にふてくされた次は象徴頼みかよ。どうりで安倍みたいな無茶苦茶がまかり通るわけだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
三冬https://twitter.com/mifuyu_akiyama

皇室:天皇陛下「生前退位」意向 来年にも法整備 政府検討 - 毎日新聞https://t.co/6LHhGLYiCY

(引用)皇室典範には退位の規定がないため、生前退位が実現するためには、皇室典範改正や特別立法などが必要となる。政府はすでに天皇陛下の意向を尊重し、必要な法整備についての検討を首相官邸で始めている。政治問題化しないよう静かな環境で議論を進め、早ければ来年の通常国会で必要な改正を進めたい考えだ。 首相官邸では、警察庁出身で事務方トップの杉田和博官房副長官の下に極秘チームを設け、典範改正に関する検討を進めている。官邸内でも何を検討しているかについては極秘とされており、政府高官でも極めて限られた人数しか内容を知らなかった。政府は、参院選後のいずれかのタイミングで宮内庁側が退位に関して何らかの表明をした後、検討を具体化する方針だった。 また、長期的な皇室のあり方に関する議論が必要となるため、政府内には「政府だけで決める話ではない」との意見がある。有識者会議を設置して、幅広い議論をすることも検討している。 歴代天皇には退位の先例があるが、明治時代に作られた皇室典範には退位の規定はなく、戦後に改定された現典範もこれを継承している。典範は皇位継承については「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」とあり、天皇が亡くなった時にだけ皇位が継承される制度となっている。天皇が未成年だったり「精神、身体の重患」「重大な事故」の時は、天皇の国事行為を代行する「摂政」を置くことはできる。大正天皇の健康状態が悪化した際、皇太子(後の昭和天皇)が摂政についた例はあるが、皇位は大正天皇のままだった。 退位については「立憲制の下で皇位継承の時期に皇室の意志が働くべきでない」(過去に皇室典範改正に関わった政府関係者)という議論もある。そのため永続的な制度となる典範改正でなく、今回限りの特別立法にすべきだという意見も政府内にある。 また元号法は「皇位の継承があつた場合に限り改める」と定めるため、天皇陛下が皇位を皇太子さまに継承した時点で「平成」の元号が改められる。昭和天皇の側近の日記などには、昭和天皇も第二次世界大戦の敗戦直後、一時的に退位の意向を漏らしたとする記述がある。【野口武則】 (引用終わり)


1931年前後、西園寺や近衛が要警戒したように、
 「玉」の入れ替えを陸軍や極右の一部が画策していた。

秩父宮を担ぎ上げてとか、後年では高松宮とか。

つまり大日本でも天皇は「俺らの都合が悪ければ
交代させるべ」な存在である訳で、それを後生大事
に21世紀に「現人神風味」に扱ってどうすんだよw
リベラルが尊王攘夷する勢いだよな。



歴代で最強の権力を得ていたとも
 された昭和天皇においてさえ『玉』の
  入れ替え画策される。。
なるほど驚き!

これは重要な証言かも知れない
 戦争責任である。天皇に求める声が
  むしろ自称【(疑似)保守】層から出る


当時の政府・軍部・政権・メディア
 以下に強力な壁=すなわち大政翼賛会
  を形成してワッショイ、ワッショイ!
   天皇を頂き戦争に突入した重要証拠


それ以上に思い当たったのは
 
大御心を勝手に忖度して「捨て身で改憲阻止」とか、まあ藁に
すがりたい気持ちはわからんでもないけど、それって
5.15や2.26の「君側の奸に騙されている陛下」と表裏一体だから止めとけ。

主権者でもない存在の動向に一喜一憂してるような主権者の根性
こそが、そのような存在の社会的政治的影響力の源泉であり、
かつ自身の主権者としての地位を毀損しているんでしょうに。
選挙結果にふてくされた次は象徴頼みかよ。

どうりで安倍みたいな無茶苦茶がまかり通るわけだ。

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≪天皇制。。昭和・今上両天皇及び皇后両陛下への支持。。日本国民は全く変わっていない≫<安倍晋三国会議員政権を筆頭に>【保守などと、自らを偽る自民党政権が天皇・皇室を利用・軽視するから許せんのだよ】


昭和天皇の戦後巡幸 国民の熱狂的な歓迎ぶりを専門家が解説
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141026-00000000-pseven-soci


日本国民は、鈍感である
 また、初心で純情でもある
  騙され易く醒め難い、国民性がある
   かも知れないとだけ言っておこう。。


しかし、敗戦後日本。。天皇制、つまり
 昭和天皇。。そして今上天皇および皇后
  また皇族への思いは、騙されたとか
   初心だからとかとは別に。。日本国民は
    悟っていたのではないだろうか。。


明治以来、日本政府・政体が目論んできた
 国家神道。。皇国史観。。とは次元が違う
  位置に、天皇皇后・皇室があるということを


戦勝国・連合国。。代表の米国が
 その統合力を敗戦後日本占領政策に
  活用しようと考えたのは理解が出来る


しかし、あまりの熱狂に米国政府ですら
 戦慄し。。不安になった、というエピソードか。。


天皇制・皇室を支持する考えが
 日本の保守であるという訳なのであって


自民党だとか。。政権与党を支持する
 のが保守などでは断じてない、
と明確に
  言明しておきたい気持ちが小生にはある


≪安倍首相と政権の憲法改正・解釈改憲の動きは、保守などではない≫【天皇・皇室の意思に反する国賊だ】


今上天皇。。皇太子
 ともに見事な見解、素晴らしい


小生。。何度も言っているし
 今後何度でも言うつもりだが。。


押し付けられた憲法を
 改正しようとする動き
  保守などでは絶対に無い


昭和天皇は、帝国日本の大元帥
 現人神。。戦後人間宣言された


今上天皇は、正に即位したときから
 象徴天皇である。。が、諸外国は
  日本の元首とみなして当然だろう


米国大統領ですら
 昭和天皇。。そして今上天皇には
  謙って、接するのは当たり前の光景


実は。。今上天皇は
 穏やかなお人柄の上にも
  しっかりしたお考えの持ち主


中曽根首相は嫌われていた
 という記事はどこかで数十年前
  に、小生。。見たことがある


安倍晋三のことは、更にお嫌い
 恐らく許せないのではないだろうか


日本国天皇は、外国首脳から見れば
 元首である。。というのは誤解を
  受けるかも知れない。。しかし
   そう思われていて欲しいと感じる


政治屋どもに、つけ入る隙など
 絶対に与えてはならないのだ!!


憲法を改正。。
 日本国憲法を米国から
  押し付けられたものと
   改正の動き。。


当然ながら、米・欧先進国
 戦勝国への安倍政権の反逆


いや、憲法を守ると仰る
 今上天皇への不敬である


小生。。田原総一朗を批判
 することが多いが。。珍しく
  意見が一致した、大賛成だ!


さらに、日本国憲法は
 押し付けられたものではない


貴族院。。参議院の前身
 しかし、良識の天下国家を
  参議院には、その面影無し


これは、今から70年近く前
 日本国憲法制定時のGHQ
  連合国総司令部との折衝の
   記録であり。。
 

歴史問題なのか?いや違う!
 現代も連綿脈々と続く勢力


米国にとっても、反共の砦
 日本列島統治のためには
  絶対的に必要だった天皇制


GHQが天皇に立憲的君主
 の権限を許可しているのに
  それを拒んで、権力を封印
   した連中がいるというのだ
   

その通り!日本国憲法は
 連合国から押し付けられた
  と言い張っている連中は
   その後継者に該当すると考える


大日本帝国敗戦
 主権喪失。。明治憲法
  すなわち大日本帝国憲法
   を改正する動きの中で


貴族院には、昭和天皇の
 権限を立憲君主に相応しい
  ものに高めようと修正折衝


臣下としては
 敗戦したといえども
  当然の姿勢であろう


この第1章
 天皇についての条文
  官吏任免・外交文書の認証
 

この辺りの件で
 GHQは明確な天皇の行為
  とする改正にOKを出していた!


それにも拘らず。。日本政府が
 強く難色を示し。。そのまま
  憲法は公布されてしまった訳だ


ということは。。昭和天皇の権力を
 利用して戦争に突入し、日本国民を
  大量に死に追いやった戦時政府。。


軍国政府であれども。。それを
 後押しして、手助けしたのは
  大政翼賛会であり、具体的には
   翼賛議員連盟~翼賛政治会である


天皇の権力でといえども
 あの頃、天皇であっても
  止められない状況で戦争開始


しかし、敗戦。。終戦には
 昭和天皇の決断があったのだ


それがそれこそが
 立憲的君主の役割だ


それを要らないと反対
 してGHQが許可したのを
  押し返してしまった日本政府


戦争開始した戦犯の一翼
 翼賛議員連盟・翼賛政治会
  

その残党が、憲法改正時の
 日本政府を構成していた訳で
  日本自由党・日本進歩党
   つまり現在の自民党である


今、安倍首相と安倍政権は
 憲法9条も触らずに
  解釈改憲で集団的自衛権
   行使可能という見解ゴリ押し


しかし、これにも
 自民党タカ派、新聞社重鎮
  から反対の声が上がっている


確固たる信念と表面上
 国会答弁などで言うが
  

安倍晋三首相。。
 単に無知なのだと
  しか思えないフシがある


とすれば、恐ろしい事態
 即刻辞任、総辞職要求する


日本の政治。。外交。。全て官僚機構が
 担っており。。政治・国会議員政権は何ら
  関与出来ていないと。。小生、述べてきた


よって。。昭和天皇。。天皇制。。今上天皇・皇后
 両陛下を。。皇室を政治利用するのは、安倍内閣
  という体裁を取るが。。実は官僚機構なのである


省益・局益が最重要で国益や国民生活
 のことなどは一切頭に無いということである


日本の官僚機構は。。保守などでは絶対にない
 このことだけは、ハッキリさせておこう。。
ましてや
  日本の国会議員政権・自民党政体もノンポリで。。
   これもまた保守などでは絶対にない、と断言する



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≪日本の政治は、投票率低かろうが。。政治不信だろうが。。支持率は相対的評価≫<野党が如何に国民の期待に応えていないか>【ここまで好きなことヤラレて、まだ内閣支持率30%台後半!】


<本社世論調査>内閣支持率急落35% 不支持51%


毎日特有の、反安倍というゼスチャー
 どうせそういうことに違いない!と。。

  思っていた訳であるが。。安倍親衛隊
   産経ですら、安倍内閣支持率急降下!

    それもほぼ、同じような数字を報道だ




内閣支持率急落37.7% 不支持が過半数 共同通信調査


産経ですら、プロパガンダで覆われた
 数字を出さずに。。報道ということは。。

  要は、何もかもやってしまったので
   安倍晋三内閣はその役割を終えた?


全部やり切った!やらせてしまったということだ


しかしながら。。支持率が今だ30%台
 それも後半ということは、日本の歴代
  内閣に照らし合わせれば。。上出来!
   ということは、如何に野党が弱過ぎたか


安倍自民党は。。自公連立は痛くも痒くも



≪確かに、官僚機構が操る安倍内閣というシャッポのやり口はお粗末・劣悪だが≫<選挙にも行かず。。投票しても自公連立に大議席許した有権者が悪い!>【安保法制は戦争法案ではなく、米欧作戦には加われない《不戦殉死法案》なのだ】


安保法案強行採決!安倍総理に虚を突かれたのは国民の責任
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150718-00075213-diamond-soci&p=1


小生も。。この見解に賛同する意見は
 以前から持ち続け言い続けている訳だ


ただ。。憲法が賞味期限切れなのでは
 絶対にない!
むしろ、我々の数は民主主義
  民主主義は多数決、という思考回路を見直せ


街角インタビューで。。現代日本は
 政治家がコントロールしている訳で
  その政治家を選挙で選んだ我々が監視
   しているのだから、戦前のようにはならない


という、一見常識的国民の意見
 唖然とした!まだこんなことを言う人が。。

  が、日本の常識人ほどこの意見なのだろう
   暗愚世論。。平和ボケ。。こういうことなのだ


安倍晋三内閣総理大臣が、政治家だと
 疑いもせず信じている人々が恐らく8割

  支持率や投票率の低さとは別次元で
   国会議員が政治をやっていると信じる
    人々が殆ど!だという日本の世の中だ


そのような信仰めいたものが
 薄くしかし広く日本列島を覆って
  しまっているという悲惨な状況だ


野党各党のだらしなさを今更詰っても
 仕方が無いのは当然だが。。国会対策費
  カネを貰っているうちは、絶対何も出来まい


自民党内でも、『次』は見つかっておらず
 向かうところ敵無しの総裁選であるから。。

  
いかに低レベル日本政治とはいえ
 史上最悪・近年でも稀にみる次元劣悪
  の安倍内閣とはいえ。。ここまで何もかも
   やらせてしまったのでは、国民世論劣化
    も、行き着くとこまで行ってしまった感が


メガトン級の超巨大スキャンダルでも
 起こって、人々が目を覚まさない限り終わり



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


>今上天皇より現皇太子殿下のほうが改憲派に
 とってはもっと都合が悪くなりそうな気もするがw。。。



皇太子は、象徴天皇と
 皇后陛下美智子様のお子


生まれた時から特別な方
 国民。。憲法。。日本国をずっと
  幼少時から考えてこられた方だ


ご夫妻の英才教育を受けてこられた

譲位ともなれば、現天皇皇后両陛下
 と新天皇皇后両陛下という両党体制
  皇室が更に強化され厚みを増すのだ


「金運」が高まる? 初詣に行きたい神社【中国・四国編】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151228-00000014-zuuonline-bus_all

『■「困難に屈しない力」にあやかる

中国や四国の地は、かつて朝廷にも匹敵する強力な王朝が存在したともいわれ、また、権勢を振った豪族が中央から追いやられた場所でもあるという。その1つが出雲の地だが、出雲大社がいまなお、伊勢神宮と並ぶ日本の代表的な神社とされることを考えれば、それらの地にある神社は「困難にも屈しない力」を与えてくれる気がしてくる。金運を得ようというとき、そのようなネバーギブアップの心境がまず必要だ。ここで紹介する神社で無心に手を合わせ、古代の人々の気力をいただいてみてはいかがだろうか。

■金持神社 使用済み財布のお祓いも

鳥取と岡山の県境近くにある金持神社は、「金持」と書いて「かもち」と読む。「かねもち」とも読めるため、金運を求める参拝者を全国から集めている。主祭神の天之常立尊(あめのとこたちのみこと)は国土経営、開運、国造りの神であり、その点でも金運に御利益ありと考えていいだろう。

絵馬がかけられた場所には、金運を願う絵馬のほか、大金を得たことを報告するお礼参りの絵馬もぶらさがっていることから、霊験あらたかと考えてもよさそうだ。

日野町観光協会も兼ねる金持神社札所では、お守りのほか、幸せの黄色いハンカチや財布、金持米や金持味噌、金持酒など、さまざまな開運グッズを販売している。また、使用済みの財布をお祓いする「財布お祓い」が年4回行われている。

金持神社(かもちじんじゃ)
鳥取県日野郡日野町金持1490 TEL.0859-72-0481

■吉備津彦神社/吉備津神社 「桃太郎」のリーダーシップにあやかる

どちらも大吉備津彦神に関係する神社であり、一方の神社だけに参拝するのは「かた参り」といい良くないとされる。

神話では、大吉備津彦神がこの地に住む鬼を退治したといわれ、これが桃太郎伝説のモデルとなっている。吉備国には多くの古墳や遺跡があることから、この神話は古代に瀬戸内海の海運を支配した一大王朝の存在が反映されたものと考えられていいだろう。

その王国はよほど強力だったようで、大化の改新の後、吉備勢力の力を恐れた朝廷は「備前」「備中」「備後」とこの地を三分割した。このうち、備前一宮に置かれたのが吉備津彦神社、備中一宮に置かれたのが吉備津神社だ。そこで、この2つの神社を参拝する者は、古代吉備王朝を率いた大吉備津彦神=桃太郎のようなリーダーシップにあやかれるかもしれない。

大吉備津彦神はこの地に製鉄を広めたといわれ、そこから産業の神ともされている。和歌において「吉備」の枕詞が「真金吹く」であるのは、真金(鉄)を吹く(生産する)というところから。それに関連して大吉備津彦神を祀るこれらの神社は金運全般に御利益があるという。特に製造業の人はここを参拝し、日本の物造りを支えてきた先人たちに思いを馳せてみてはいかがだろうか。

吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ)
岡山市一宮1043 TEL.086-284-0031

吉備津神社(きびつじんじゃ)
岡山市北区吉備津931 TEL.086-287-4111

■出雲大社 古代の息吹を実感できるパワースポット

伊勢神宮と並んで日本を代表する神社。2014年に宮司家の千家国麿氏と皇族の高円宮典子女王が結婚したことは記憶に新しい。

出雲大社には4つの鳥居があり、参拝時にはやはりそのすべてをくぐることが望ましい。第一の鳥居は鉄筋コンクリート製の大鳥居で、第二の鳥居は木造の鳥居。最寄り駅はこの2つの鳥居の間にあるので、参拝時にはそこから第一の鳥居まで戻って順にくぐったほうがいいだろう。

第二の鳥居の周辺では昔、市が立ったり芝居小屋が来たりして人が集まってきたため、「人の勢いが集まる場所」という意味で「勢溜」と呼ばれる。参道はここが一番高い場所となるため、ここを「上がってきた勢いが溜まるパワースポット」と考える人もいるようだ。

ここから参道は下り道となり、途中の右手方向に小さな社が隠れるように建っている。これは祓社(はらえのやしろ)と呼ばれ、我々が知らぬ間に犯した心身の穢れを祓い清めてくれる場所とされる。第三の鉄製の鳥居をくぐる前にここで心身を清めておこう。

第四の鳥居をくぐると拝殿となるが、この銅製の鳥居に触れると金運が上がるといわれており、多くの人が触れたためか手の届くあたりの位置が磨かれたように光り輝いている。この鳥居は1666年に毛利綱広によって寄進されたもの。由来がびっしりと刻まれているので神頼みだけでなく、この神社の壮大な歴史にも思いを馳せてみてはいかがだろうか。

出雲大社(いづもおおやしろ)
島根県出雲市大社町杵築東195 TEL.0853-53-3100

■伊豫豆比古命神社 「守り金」で生業に励むことを約束する

縁起開運・商売繁昌の神様として崇敬を寄せられている神社で、「椿神社」「お椿さん」との愛称でも知られる。社名にもなっている伊豫豆比古命のほか、愛比売命(えひめのみこと)という女神も祀られており、この神名から「愛媛」の県名が名付けられた。なお、都道府県名で神名を使用しているのは愛媛県のみである。

2012年には御鎮座2300年祭が行われるなど、その歴史は大変古く、旧正月7~9日に行われる「椿まつり」は数十万人が訪れる四国一の大祭となる。

興味深いのは、この祭りで行われる「貸銭神事」。これは、神社から守り金(20円)を借りて、翌年、倍額にして返すという行事だ。守り金は誰でも借りることができ、一年間、生業に励み、少しでも多く返せるように頑張ることを約束する意味があるという。

安易に金運を願うのではなく、そのための努力を約束するという心の姿勢こそが、物心両面の豊かさをもたらしてくれるのではないだろうか。

伊豫豆比古命神社(いよずひこのみことじんじゃ)
愛媛県松山市居相2-2-1 TEL. 089-956-0321                         』




パワースポットとして、各地の神社が
 注目され始めているが。。神社はそもそも
  磐座を起源とする比較的新しい宗教施設


磐座とも密接な関係のあるものと
 してはむしろ、遺跡や古墳により注目


何しろ古来、民の信仰対象を
 コントロールしたのは地域の豪族
  その祖先を祀る墓が古墳なのである


島根の出雲大社。。古墳時代の名残りを
 引き継ぐ宗教施設かも知れない。。また
  岡山の吉備津彦神社/吉備津神社は
   ヤマト王権勃興以前の超強国首長末裔
    に関係する神社かも知れないのであるが


また日本神話登場の神々を祭るのが
 神社であるとするならば、神話そのものが
  8世紀完成の新しい代物であり、真に歴史
   を伝えるものかどうかはいささか疑問である


時の権力者が過去の強大勢力の
 痕跡を消し去りたい、また矮小化したい
  と考えるのは当然であり、神話誕生からのち
   に創られた日本の歴史が現代に伝わる、と
    疑ってかかった方が余程賢明であるのだから



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≪箸墓古墳は、卑弥呼の墓ではない!と推理する≫【ヤマト王権擁立の第一人者<吉備の大王墓>だ!!】


【邪馬台国は日本に非ず】《日本古代史最大のプロパガンダ》<女王卑弥呼の墓=箸墓古墳>説を・・・【全否定してみる】



小生。。以前から
 卑弥呼の墓=箸墓古墳
  に非ず!という見解

   紹介しているが再掲
    したくなってきた

女王卑弥呼が
 統治したとされる
  邪馬台国は何処か


九州説と畿内説が
 大激論・対立してきた

纏向遺跡。。箸墓古墳
 が邪馬台国。。卑弥呼の墓
  という説の登場
により

畿内説が俄然有利になった経緯

しかしながら、
 箸墓古墳を卑弥呼墓
  とする根拠は、極めて貧弱


・この古墳の後円部の直径が『魏志倭人伝』にある
  卑弥呼の円墳の直径「百余歩」にほぼ一致する
・後円部にある段構造が前方部で消失することから、
  前方部が後世に付け加えられた可能性があること
・大規模な古墳の中では、全国でももっとも
  早い時期に築造されたものであること


まず卑弥呼の円墳直径
 百余歩=約150m

日本の円墳で最大級は
 100m程度しかない
  この条件に見合う円墳は
   日本には存在しない


よって、最初の条件で既に
 卑弥呼の墓、邪馬台国ともに
  日本国ではない可能性が出現


ふたつ目の条件
後円部にある段構造が
 前方部で消失を以って、
  前方部が後世に増築された
との説は

無理やり
 箸墓古墳を卑弥呼墓に合致
  させようとしている可能性


そして三つ目の条件
大規模な古墳中、
 全国でもっとも
  早い時期に築造
との説も

卑弥呼の墓は百余歩
 150m近くあれば
  それで済むし、そもそも
   記述が誇張の可能性


九州はじめ日本全国の
 数ある村落のうちの一つ
  邪馬台国の統治者
それを卑弥呼と仮定すれば
 大規模古墳である必要は無い

とすれば。。


纒向石塚古墳、ホケノ山古墳、纒向勝山古墳、
纒向矢塚古墳、神門5号墳、神門4号墳、辻畑古墳
と数多く存在
そしてこの記事の
京都府向日市の国内最古級の前方後円墳
五塚原(いつかはら)古墳も条件を満たしてくる


小生。。3年近く前に
 既に邪馬台国は外国にあった
  可能性を示す説を紹介している


実際は、もう4年以上前の見解ではあるが
 日本考古学界。。弱小であり、戦前は勿論
  戦後も長らく、監視下。。皇国史観や国粋
   主義者等の目を気にして、いや今もだろう


邪馬台国や卑弥呼。。そして特に
 日本神話などは絶対に軽視出来ない
  唯一の国史。。史書であることを抜きに
   しても、顔色を窺わざるを得ないはずだ


歴史学界・考古学主流派
 邪馬台国畿内説学派の歴史家
  は、邪馬台国を纒向遺跡に。。
   箸墓古墳を卑弥呼墓に結び付け
    たがる傾向が強いのであろうが


どう考えても無理があり過ぎる訳だ




≪日本の曙!《ヤマト勃興》に関する壮大な推理≫<卑弥呼・邪馬台国は日本ではない>【ヤマト王権は周辺強国により擁立された!!】


小生。。岡山には敏感に反応する
 何もかもに反応ではなく、古墳・遺跡
  古代。。超古代史に関連する事柄に
   である。。
その理由は、岡山=旧吉備

吉備国または吉備王国
 日本古代史のNO1キーマン
  の居城・拠点。。
神々の棲んだ
   偉大なるエリア!
と考えている

 
吉備。。吉備国。。
 古代日本の地方国家。現在の岡山県全域
  と広島県東部と香川県島嶼部および兵庫県
   西部(佐用郡の一部と赤穂市の一部など)

    またがる、有力勢力の一つ。。いや、NO1!


吉備の代表的な古墳
であり、造山古墳群の主墳
 造山古墳 5世紀築造推定
  全長350m 全国4位の
   超巨大前方後円墳である


全国第1位大仙陵古墳(486m) 伝代16代仁徳天皇陵
2位誉田御廟山古墳(420m) 第15代応神天皇陵
3位上石津ミサンザイ古墳(360m) 第17代履中天皇陵


とそれぞれ宮内庁に比定され
 立ち入りが許されず、学術調査も
  行われていない
のに対して

造山古墳は、立ち入りが許される
 全国最大の超巨大古墳なのである


上位3位までの古墳と
 4位の造山古墳、いずれも
  5世紀の築造。。ヤマトは既に
   存在している訳であって。。


全国1位~3位の古墳が
 堺。。羽曳野、いわゆる河内平野

  に存在に比べて、岡山にある4位
   の造山古墳。。9位の作山古墳が
    存在することから。。
古代吉備には
   
ヤマト王権に対抗しうる、拮抗した
 強力な王権(吉備政権)があった
  との見解。。充分に頷ける学説!!


いや、そもそも吉備がヤマトを創った


全くその通り!邪馬台国畿内説学者
 幅を利かせる考古学・史学界主流派
  は、ヤマトと九州中心で考え過ぎである


鉄器・青銅器・土器
 恐らく、大陸・半島に近い
  北部九州に伝わった


つまり、弥生時代。。紀元前
 には、日本列島内の先進国は
  北部九州だったといえる訳だ


その技術が。。文化が
 次第に列島東部へ伝播
  九州から東北まで普及


この時代が下るにつれて
 紀元前後から西日本・山陰
  同盟が瀬戸内海ルートを
   押さえることにより。。
    また、その他生活文明


諸事情により
 力関係が、北部九州圧倒的
  から、西日本(吉備・出雲)
   へと移って行ったということか


そして、紀元3世紀
 ヤマト勃興となる訳だ


そのヤマト勃興には
 吉備・出雲・畿内・伊勢
  北陸・東海と。。御輿を
   担ぐように、だとのこと


この辺りは、日本の曙
 しかし、ヤマト勃興へ至る
  紀元前後から3世紀の間に
   邪馬台国論争という邪魔が


何故なら、邪馬台国論争
 九州VS畿内、しかし!!
  本当に日本なのか!?


それ以上に重要なことは
 いわゆる邪馬台国時代より
  以前。。紀元2世紀前後なのか
  

西日本(吉備・出雲)が
 超強国として君臨したらしい
  ことも囁かれており。。  


そのインパクトは
 邪馬台国の比ではない
  と充分に考えられる。。
   

女王卑弥呼よりも
 吉備の大王の方が遥かに
  大物ではないのだろうか


邪馬台国を纏向遺跡や箸墓古墳と
 関連付けてしか考えられない畿内説学者
  考古学で幅を利かせる主流派の
   考え方や解釈では。。
まず到底
    この新しい事実を受け止めることは
     不可能であり。。誤った判断が
      横行しないことを祈るばかりである


九州が大陸からの技術導入
 などにより、最先進国だったが

  次第に主導権は、吉備や出雲
   瀬戸内海勢力に移り。。
ヤマト擁立

ここで気になるのは、巷いわれる
 邪馬台国。。そして女王卑弥呼とやら


奈良県桜井市
 箸墓古墳。。全長278m
  超巨大前方後円墳であるが
   さらに大きくなる可能性
    全長300mに達するのか


小生、付近一帯を
 巡回して回ったことがある
  巨大古墳が点在する近隣
   しかし、箸墓古墳の姿は
    他の古墳とは、全然違った


池。。ため池?とにかく水辺が
 そこに浮かぶ島のような趣で
  姿・形が美しかったのは当然
   風格のようなものを感じた訳で


辺り一体の桜井や天理
 の巨大古墳を従えるような
  そんな雰囲気すらあった。。


5世紀の超巨大古墳
 伝仁徳天皇陵や応神天皇陵
  などの古墳最盛期とは
   時代も意味合いも全く違う


箸墓古墳の被葬者を
 邪馬台国畿内説の学者連は
  卑弥呼をヤマト王権に直結
   させて、そのけん引役に
    見立てようと躍起になるが


小生。。絶対に違うと考える

考古学研究会のセミナー
 に参加したときのことである


岡山県。。古代旧吉備国
 2世紀の楯築遺跡に注目すれば
  

桜井の箸墓古墳は
 この楯築遺跡の特徴を色濃く継承
  吉備の王との繋がりを権力基盤に

   という学者の説明をきいた訳で

そのヤマト王権勃興には
 吉備・出雲・畿内・伊勢
  北陸・東海と。。御輿を
   担ぐように、だとのこと
    なのは既に解明済みである


小生。。想像するに
 初期ヤマト王権の長。。倭王
  つまり、呼称は無かったにせよ
   天皇は、御輿のように担いだ
    各強国の王たちには、気兼ね
     現在の国連事務総長のような
      そういう存在ではなかったか


各強国の。。今で言う米・欧・ロ
 とりわけ、超強国の米国的存在
  それは恐らく。。いや確実に
   吉備。。もしくは吉備王権勢力


箸墓古墳クラスの超巨大墳墓
 築造には、数百万人から1千万人
  動員して、築造期間20年ぐらい
   は必要だったのでは、という試算


卑弥呼墓。。百余歩・・150m未満
 シャーマン的存在の30余国。。このクニ
  は村落といって言い訳で、日本の王
   とは考え難く。。卑弥呼では絶対無理


初代倭王(天皇)でもそれは困難で
 もっと、大物だったと考えた方が良い


間違い無い!初代倭王を生み出した
 超古代版治天の君。。ホントの倭王
  吉備の大王と考えた方が自然である


九州から、吉備・出雲に主導権
 その後。。吉備・出雲・畿内・近江
  伊勢・北陸・東海・そして九州勢力もか


各強国首長たちが御輿担ぐように
 擁立したのが、ヤマト王権だとすれば


例えば。。さらに想像を
 膨らませていけば。。
欠史8代
  
古事記・日本書紀といういわゆる
 日本神話を基礎概念に、系譜は
  存在するがその事績が記されない

   第2代綏靖天皇から第9代開化天皇
    までの8人の天皇、あるいはその時代


初代神武天皇と10代崇神天皇
 を同一人物と断定した上で。。


史学界通説・考古学主流
 が居なかった!とする欠史8代
  2代から9代までの諸天皇あるいは
   ヤマト王権の各倭王たち。。
もしや

各強国首長と関係のある人物!
 もしくは、各首長から擁立され
  その後の10代以降の各天皇
   とは血縁関係がない重要人物?


また、さらには

ヤマト擁立の各強国首長の
 後裔・末裔・親族子孫は。。畿内
  ヤマト周辺で王権に寄り添うように
   暮らした可能性を追究して良い筈だ



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卑弥呼墓が大きさ百余歩と著された
 長尺なら120m以上になるが、短尺
  ならばその3分の1程度になり、むしろ
   卑弥呼墓としてはそれが適当である


箸墓古墳は、ヤマト王権の真の実力者
 超強国吉備王国の大王墓と考えるのが
  最も有力であると考えた方が良い訳だ



東日本最古・最大級の巨大古墳がつぶされる…。静岡県沼津市の道路建設計画
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150707-00888338-sspa-soci

『景観・歴史・文化・環境・生態系などの破壊に目をつぶり、ひっそりと進行している開発計画は
 数多い。それは本当に必要な事業なのか? 地元住民はどれだけ情報を与えられているのか? 
 全国各地で進められている、“あまり知られていない”開発計画の現状をリポートした!!

 静岡県沼津市の巨大古墳が、道路建設で削られようとしているという。

 この「高尾山(たかおさん)古墳」の実像が明らかになったのはつい最近、’08年のこと。沼津市
 中心部と東名沼津IC・国道246号方面を結ぶ都市計画道路「沼津南一色線」の建設のため、そ
 の計画線上にあった2つの神社が隣接地に移転となった。すると、その下から巨大な前方後方
 墳が出現したのだ。しかもこの古墳、考古学的には非常に重要なものだという。静岡大学の篠
 原和大教授はこう解説する。

 「高尾山古墳は、東日本最古・最大級の古墳です。築造は230年頃、埋葬は250年頃と推定さ
 れています。邪馬台国の女王・卑弥呼の墓と言われる前方後円墳・箸墓古墳(奈良県桜井市)
 よりも前に、東海地方でこれだけ巨大な前方後方墳が造られていたというのは、非常に重要な
 発見です」

 高尾山古墳は全長62.178m、周囲に幅8~9mの周溝が巡らされ、周溝の底から墳頂までは
 4.679m。これは古墳出現期としては全国でも屈指の規模だという。それだけの勢力を持った王
 がこの地域に存在したということになる。

 「最初のスルガの王の墓と言ってもよい。卑弥呼と戦った狗奴(くな)国の王・卑弥弓呼(ひみこ
 こ)の墓だとする説もあります」(篠原教授)』




 
高尾山古墳

3世紀前半(古墳時代最初期)
 の西暦230年頃の築造と推定
  され、東日本では最古級、
   築造当時の東日本では最大級


墳丘長62.18m  前方後(方)



箸墓古墳は前方後(円)墳である

箸墓古墳以前の
 前方後方墳。。。
以前
  兵庫県の地方の王墓という
   ことで、取り上げた記事がある




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【ヤマト勃興以前の王の墓】≪神戸の<前方後【方】墳>【西求女塚古墳】で重要文化財の青銅鏡破片拾う≫・・・【王に呼ばれた少年!】


少年が拾ったもの
 銅鏡の破片、しかも重文
  重要文化財か。。まぁ。。
   そういうこともあろう

と二日間ほど、このニュースを
 放置していて。。今朝調べて
  腰を抜かした(笑)


兵庫県神戸市灘区
西求女塚古墳
全長98mを超える
 大型の前方後【方】墳
3世紀後半築造推定


青銅鏡といえば
 日本国内では、三角縁神獣鏡
  が有名で。。となれば邪馬台国


しかし、これも大いに眉唾の話
 三角縁神獣鏡は、中国で作られたとか
  日本で作られたとか。。
また、4世紀以降に作られたから
 邪馬台国とは無関係だとか
  古墳時代が4世紀から3世紀に
   繰り上げられたから。。
それを根拠のひとつとして
 邪馬台国九州説と畿内説が
  激論100年。。いや、それ以上


ただ、三角縁神獣鏡は
 古墳時代初期大型古墳から
  日本列島津々浦々相当程度
   見つかっており(この古墳からも)
    
邪馬台国は、東北から九州まで(笑)


それに邪馬台国卑弥呼が
 中国から下賜されたのは銅鏡
  (翻訳が正しければ・・・)
  三角縁神獣鏡とは限らない


しかし、今回見つかった
 浮彫式獣帯鏡
 1世紀ごろに中国で製造されて
  伝来し、3世紀後半に副葬された
   とみられる。。とするならば!!

この銅鏡発見の方が
遥かにビッグニュース


更には、3世紀後半築造の
 前方後方墳とすれば
  ヤマト勃興と同時期か
   それ以前の古墳となる

しかも前方後方墳は
 ヤマト王権の直接の支配下に入らず、
  周辺部で独自の勢力を有していた
   有力な豪族の古墳に多いとされ

特に東日本の前期古墳に多く存在。
 また、中国・四国地方にも多く存在、
  中でも出雲地方の前方後方墳は
   古墳時代を通じて築かれていた

つまり、吉備・出雲・東海
 四国、畿内。。ヤマトを御輿
  のように担ぎ、勃興させた
   諸国に多い古墳の特徴である


この西求女塚古墳
石室の石材は、地元のものだけでなく、
阿波(徳島県)や紀伊(和歌山県)など
からも運ばれており、地元の土器は出土
しておらず、祭祀に用いられた土師器に
は山陰系の特徴をもつものが出土している
ことから、
山陰や四国・南近畿などの諸地域と
深い交流をもっていたことが推察され、
瀬戸内海や大阪湾など水上交通に
影響をもつ
首長の墳墓と考えられる


ヤマト傘下にはなかった
 独立王国の王の墓だった


王に呼ばれた少年といえる。。 



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『◆「調査」と言いながら古墳を削り取る沼津市

 しかし沼津市は、この重要な古墳を壊して道路を建設する方針だ。沼津市は’16年度末までに
 高尾山の「発掘調査」を行い、’17年度から古墳跡地の道路建設工事に着手するという。つまり、
 「調査」とはいえ古墳は削り取られるのだ。

 沼津市議会は6月の定例会最終本会議で、高尾山古墳の調査費5100万円が盛り込まれた予算
 案を可決した。議会での反対もあり、閉会後に栗原裕康市長は「調査に入る時期はしばらく保留し、
 文化庁・国交省・県・学識経験者らを交えた協議会を設け、その意見を参考にしながら今後の方針
 を決める」と表明したものの予断は許さない。「高尾山古墳を守る市民の会」代表の杉山治孝さん
 はこう語る。

 「これだけの重要な古墳があるというのは地域の誇り。教育上も大事です。昨今は“古墳ブーム”と
 も言われていますし、観光資源にもなり得ます。でも沼津市民にはその価値がほとんど知られてい
 ない。私たちは、道路が必要ないと言っているのではないんです。迂回ルートをつくるなど、古墳を
 保存する方法を検討してほしい」』



何度も言っているが。。箸墓古墳は
 卑弥呼の墓ではない、と考えている



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≪卑弥呼墓は、箸墓古墳ではない!邪馬台国は日本には無い≫<日本古代史界には、政治以上のプロパガンダ>【卑弥呼が日本列島の女王。。初代天皇が強大な征服王。。《どちらも違う》】


文化庁。。日本政府側
 そりゃ、否定的な見解は
  表明などしない、出来ない


卑弥呼の邪馬台国が登場する3世紀半ば
 までに、倭国の中心が九州から近畿に移った


これは本当だろうと思っている

ならば。。
奈良桜井の纒向遺跡
 邪馬台国ではなく。。
  ヤマト王権発祥地だろう


邪馬台国は、古くは九州説
 が断然優勢。。しかし、この
  纒向遺跡が逆転HRとなり

   
箸墓古墳を卑弥呼墓として
 畿内、ズバリ奈良を邪馬台国に
  という畿内説が圧倒的に有利に


小生。。以前から
 卑弥呼の墓=箸墓古墳
  に非ず!という見解

   紹介しているが再掲
    したくなってきた

女王卑弥呼が
 統治したとされる
  邪馬台国は何処か


九州説と畿内説が
 大激論・対立してきた

纏向遺跡。。箸墓古墳
 が邪馬台国。。卑弥呼の墓
  という説の登場
により

畿内説が俄然有利になった経緯

しかしながら、
 箸墓古墳を卑弥呼墓
  とする根拠は、極めて貧弱


・この古墳の後円部の直径が『魏志倭人伝』にある
  卑弥呼の円墳の直径「百余歩」にほぼ一致する
・後円部にある段構造が前方部で消失することから、
  前方部が後世に付け加えられた可能性があること
・大規模な古墳の中では、全国でももっとも
  早い時期に築造されたものであること


まず卑弥呼の円墳直径
 百余歩=約150m

日本の円墳で最大級は
 100m程度しかない
  この条件に見合う円墳は
   日本には存在しない


よって、最初の条件で既に
 卑弥呼の墓、邪馬台国ともに
  日本国ではない可能性が出現


ふたつ目の条件
後円部にある段構造が
 前方部で消失を以って、
  前方部が後世に増築された
との説は

無理やり
 箸墓古墳を卑弥呼墓に合致
  させようとしている可能性


そして三つ目の条件
大規模な古墳中、
 全国でもっとも
  早い時期に築造
との説も

卑弥呼の墓は百余歩
 150m近くあれば
  それで済むし、そもそも
   記述が誇張の可能性


九州はじめ日本全国の
 数ある村落のうちの一つ
  邪馬台国の統治者
それを卑弥呼と仮定すれば
 大規模古墳である必要は無い

とすれば。。


纒向石塚古墳、ホケノ山古墳、纒向勝山古墳、
纒向矢塚古墳、神門5号墳、神門4号墳、辻畑古墳
と数多く存在
そしてこの記事の
京都府向日市の国内最古級の前方後円墳
五塚原(いつかはら)古墳も条件を満たしてくる


卑弥呼墓の大きさを150m
 としてみた、のは当初の見解
  それでも300mの箸墓古墳では
   あまりに大き過ぎると言ってみた


ところが。。卑弥呼墓の大きさ
 150mもないのではないか?
  とも思えてきた訳である・・・。


それに。。卑弥呼、本当に日本の女王か
 なぜ。。卑弥呼、このような字を充てるのか


まず卑弥呼墓の円墳直径
 百余歩=約150m


日本の円墳で最大級は
 100m程度しかない
  この条件に見合う円墳は
   日本には存在しない


としてみた、小生の見解を訂正である

古代中国の一歩を。。1.4m程度と換算
 しかし、古代の中国の単位は同じ歩でも
  殷・周・秦・漢・魏・晋。。正に百変化に
   近い伸縮具合なのであり。。
要は

小生、古代史研究家の如く上手く
 綿密な論理では言えないのであるが

長里と短里、1歩=1.4mは長里であり
 短里とするならば。。0.3m程度なのだ


と、すれば!!卑弥呼墓は
 30m程度の円墳だったと考え直すべき!!


纒向遺跡は邪馬台国ではない
 箸墓古墳は、卑弥呼墓ではない

  ヤマト王権発祥の地が纒向遺跡
   これなら、納得も出来るというもの


ならば、箸墓古墳は初代倭王
 即ち、初代天皇墓ということなのか


違うと思えてならない
 皇国史観によって、またそれに
  抗えない古代史・考古学界
   による扇動・プロパガンダだ!


ヤマト擁立の各強国の最右翼
 キングメーカー吉備の大王墓に決定



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まぁ。。卑弥呼の話はこれぐらいにして
 沼津市よ。。現代の道路など。。予算など
  変更すればそれで簡単に済む訳なのだ


市民の心の拠り所。。文化遺産これこそ
 それを目当てに観光都市として栄華も!


文化や古代史などに造詣は無い
 かも知れない市議会議員諸君よ
  どうか、市民のために法案・予算は
   忘れて欲しい。。それこそが票を生む